2018年12月 7日 (金)

音と旅する~超名曲コンサートvol.4

どこかで聴いたことのあるクラシックの名曲を、西宮ゆかりの若手演奏家が熱演!
小さなお子様も楽しんでいただける、歌劇「ヘンゼルとグレーテル」ハイライト版を中心に、「なき王女のためのパヴァーヌ」や「人生のメリーゴーランド」などをお楽しみいただきます。

神戸女学院大学や県立西宮高校で音楽を学んだ、オーボエ、フルート、声楽、ピアノ、弦楽器の楽しいコンサートです。

入場無料です。
ご予約の方から先にご入場いただきますので、なるべくご予約ください。
お誘い合わせの上、ご家族でお気軽にお越しください。

【開催日時】
1月14日(月・休) 
昼の部(0歳~) 13:30開演 13:15開場 (15:15頃終演予定)
夜の部(小学生~) 17:00開演 16:45開場
 ※夜の部は、小学生以上に限らせていただきます

【ご予約・お問い合せ】
神戸女学院大学アート・マネジメントコース meikyoku@ruru.be
甲東ホール 0798-51-5144

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2017年4月 5日 (水)

「ダンスを批評することについて」2010年6月22日の講義録

2010年6月に神戸大学の『臨床舞踊論』でお話しした時の原稿です。
これもご担当は関典子先生でした。ありがとうございました。
 ここで取り扱うダンス、あるいは舞踊は、大まかに言って、創造的で個性的であろうとする、広義の身体表現をさします。やや限定的には、そういう身体表現のうち、現代美術の範囲内で扱われることの多いハプニングやパフォーマンスを除き、ある程度の身体的な表現技術の錬磨を前提としたものを扱います。これはあくまで原則です。原則には必ず例外がありますし、往々にして、例外のほうが面白いのですが、極力原則にしたがって論を進めることで、議論のストライクゾーンを広げたいと思います。
 今日は、その「批評」についてお話ししていくのですが、「批評」は、criticism。佐々木健一編著『美学辞典』(1995、東京大学出版会)では、「具体的な芸術現象を主題とし、そこに見出される諸々の意味を論じ、もって作家と鑑賞者たちに指針と手がかりを与える活動」とあります。これについては、また後で振り返りたいと思いますが、だいたいこういう共通認識があるらしい、としておきましょう。
 ダンス、舞踊というものは、大昔からあるものですから、それについての批評的な言葉も、昔から存在しています。
 日本では、世阿弥(1363年?-1443年)の21種といわれる能楽論、風姿花伝や申楽談義などが有名ですが、能、能楽という舞台芸術論として、優れた実践論であり、作劇論であると同時に方法論、舞踊論でもあります。
 たとえば、『花鏡』(1421年ごろ)のなかに、
◆舞に、目前心後(もくぜんしんご)といふ事あり。「目を前に見て、心を後(うしろ)に置け」となり。見所(けんじょ)より見る所の風姿は、我が離見(りけん)なり。しかれば、我が眼の見る所は、我見(がけん)なり。離見の見にはあらず。離見の見にて見る所は、すなはち見所同心(けんじょどうしん)の見なり。その時は、我が姿を見得するなり。我が姿を見得すれば、左右前後を見るなり。しかれども目前左右までをば見れども、後姿をばいまだ知らぬか。後姿を覚えねば、姿の俗(しょく)なる所をわきまへず。これすなはち、「心を後に置く」にてあらずや。かへすがへす、離見の見をよくよく見得して、…という主観を離れた客観的な見方(認識)、「離見の見」があります。また、
◆「動十分心、動七分身」(どうじゅうぶんしん、どうしちぶんしん)(p410)といって、「心を十分に動かして身を七分に動かせ」と述べた後、非常に具体的に、「習うに際して、手を前・上のほうに差し出したり、足を動かすということを、師の教えの通りに動かして、教わったとおりに十分に極めた後には、手を指し引くことを、心に思うほどには動かさずに、ほんの少し、内輪に控えておくように動かすのである。このことは、必ず舞や舞ではない所作動き全般について言えることだ。立ち居振る舞い、身のこなしについて、すべて、心に思うよりは身の動きを、惜しむように控えて動けば、身は体(花)となり、心は用(匂)となって、すばらしい感興を与えるだろう」としています。
◆「強身動宥足踏 強足踏宥身動」(ごうしんどうゆうそくとう、ごうそくとうゆうしんどう)といって、(つよくみをうごかせばゆるくあしをふみ、 つよくあしをふめばゆるくみをうごかす)、「足を強く踏む時、身を静かに動かせば、足音は高けれども、身の静かなるによりて、荒くは見えぬなり。これすなはち、見聞同心(けんもんどうしん)ならぬ所、両体和合になりて、面白き感あり。」(目に見るところと耳に聞くところが同じ感じではないやり方で、両者が調和して、面白い感動が生まれるわけだ。)
◆「舞は声を根と為す。舞は、音声より出でずは、感あるべからず。一声の匂ひより、舞へ移る堺にて、妙力あるべし」(舞は音声を根本とする。舞は音声に基づいて発現するのでなければ感動を生み出し得ない。一声の余韻から舞へと移るその境目で、すばらしい効果が発揮される))(p413)
などとあります。
Kakyou

 これらは、技術論であると同時に、実践に基づいた戒めであり、批評であるといえるでしょう。
  また世阿弥は、舞の五種の方法として、「舞に五智あり。手智、舞智、相曲智、手体智、舞体智」(p414)と挙げています。「智」は、ここでは、たくみ、方法という意味です。
 手智が両手を合わせた舞い初めの形から、序破急の展開に従うように手順どおりに演ずることができるということに始まり、舞体智(舞体風智)は、表現すべき言葉もないような至妙な舞姿であるというふうに、序列のように並べていきます。
 
 続いて、貞享3年ごろ(1686年)成立したとされる『舞曲扇林』(初代河原崎権之助)を紹介しましょう。ここでは、舞の六態として、虚・実・景・曲・平・転、が挙げられています。(p25)これは「詩経」の詩の六つの類型:性質・内容から分類した風・雅・頌(しよう)と、表現から分類した賦(ふ)・比・興(きょう)から援用されたもののようです。
Senrin
●「虚」は空(くう)である。発端であって、なんという作為がない。
●「実」は笑うべきを笑い、悲しむべきを悲しむという心の通りのもの。虚と実は別物ではあるが、離して考えられるものではない。
●「景」は気色をまうもので、朧月夜のようなもの。
●「曲」は風流で、「態」の第一である。女の姿で足を広く踏み出したり小袖の裾を開くように舞うのは、態を忘れたことである。
●「平」は、全身に力みがなく、安らかに舞うことである。
●「転」とは、安らかなところに突然気を転じ、心を改めて所作を為すことである。
 としています。
 この本は、歌舞伎舞踊の理論・心得を述べ、身体表現に関わる舞踊の理論を文章によって綴るため、難解であるとされています(日本古典文学大辞典、5-238)。最古の歌舞伎舞踊理論書とされていて、著者が同時代に見聞した役者の芸を例証しているのが、『舞曲扇林』の面白いところです。たとえば「六態の鏡」(p26)として、玉川千之丞、玉川主膳、上村吉弥を挙げ、「ある人は、千之丞は舞はへたくそだ。声がよくて変化を見せ、面体がうるわしいものだから評判を得ている」というが、それは誤りだ。彼は「虚」「曲」の二つを得ている。「虚」は、何と言うわざとらしさがなくかろやかなもので、「陽」である。体をゆるやかにして舞をする。「曲」は風流である。千之丞は、曲を作るに当たって、姿見の鏡を立てて自分を鏡に写し、人が見る様子心の写る様子を考えて、女性の姿をよく研究していたので、観客の心をときめかせた。これは、「虚」「曲」の二つを研究していたためである」
 そして、「主膳は「実」「景」の二つを得ている。上村吉弥は「平」「転」を自由にものにしていた。」と続きます。
 日本の能楽をはじめとした古典舞踊は、和歌を中心とした王朝文学と、密接な関係を持っています。そこから導き出される一つの特徴として、まず日本の舞踊は詩的表現であるということがいえるのではないでしょうか。
 京都芸術センターで、道成寺を素謡で見た(聴いた)ときのことですが、これはシリーズとしてアフタートークがあるもので、ま、関係者ということもあり、一つ質問をしてみたんです。お能には、アイ狂言というものが入って、全体の設定や筋、背景をわかりやすく口語体で解説してくれるような形式になっているのですが、それについて、なぜ本編自体をわかりやすくするのではなく、狂言のほうに任せたのかというようなことを聞きました。すると、シテ方の河村晴道さんが、能の詞章は、詩ですから、散文的ではありえない、室町時代の人にとってもけっしてわかりやすいものではなかった、というふうにおっしゃったんですね。
 つまり、幽玄とか、花とか言いますが、それらは詩的な、あるいは抽象的な美しさを言うのであって、本来的には具体的に衣裳がきれいだとか、役者の顔かたちが美しいということではない。そういうのじゃ「時分の花」といって、「まことの花」ではないとされる。
 
 実は、世阿弥の「花鏡」の中には、ずばり「比判之事」(p430)というくだりがあります。人の好みはまちまちで、万人の心に合うようなことはなかなかないことだが、まずは名人として天下に押し出された達人をもって、批判(批評)の模範としよう。まずは演能の現場において、できた(成功した)能と、そうではない能について、よくよく見て聞いて研究して、正しい批判のしかたを知るのがよい。それには、「見・聞・心」の三点がある。
●「見」(けん)より出てくる能、視角美によって成功する能とは、最初からすぐに会場が色めき立って、舞や謡も面白く、あらゆる観客が歓声を出して華やかに見えるもの。
●「聞」(もん)より出てくる能とは、主として聴覚に訴えて成功する能のことで、最初からしみじみとしていて、音曲にあわせてしっとりと落ち着いた感じの面白さがある。音曲の引き起こす感動というものは、最高級の上手のみが現出しうる感覚である。このように出てくる味わいというものは、「田舎目利き」はそれほどとは思わないものだ。
●「心」(しん)より出てくる能とは、無心、無文で成功する能のことで、無上の上手が、すべての曲を習得した後に筋の面白さなど特にないようなさびさびとしたもののうちに、なんとはなしに人の心を打つようなことがある。これを「冷たる曲」ともいう。──「文」(美)を内に蔵しながら表面は枯淡で洗練されきった芸曲。世阿弥は『九位』でも上花の芸境を雪で象徴し、上花の為手が却来して演じる強細風を「冷えたる曲風」と形容している。
 このように、下から上にと段階的に序列をつけて評価していく言葉と、境地のようなものを並列的に並べていって、その特性を個々の役者に当てはめていくことと、そのような批評の方法があることがわかります。
 分類と、評価とが、この二種類のマトリックスによって可能になるわけです。
 日本古来の身体芸術が、詩であるところの和歌と密接なかかわりを持っていたということから、その批評の方法も、和歌と相通ずるところがありましたし、その現場で用いられる言葉も、文学用語と非常に近いものを持っていたようです。舞の批評そのものが、和歌としてなされたりしたこともあるようです。
 それを現在の観点から高く評価しようとすれば、ある一つの作品世界を評価するに当たって、別のジャンルの作品の世界をもって比肩させようとした、ということになるかもしれませんが、おそらくは、当時の文化芸術を享受する閉じた共同体、サロンのような集団の中で、○○みたいだよね、と言えば通じる符牒のような、閉じた、しかしながら高度な批評言語、批評空間が成立していたのではないかと思います。
 このように、あらかじめ何段階かの基準や、評価の軸となる形容詞的な基準をもっていれば、見る者の中にある種の座標軸や採点表ができますから、評価ということは、やりやすくなると思います。
 さて、批評については、その成立条件として、再現または描写、解釈、そして評価、ということが言われます。感想文と異なるのは、評価というものが、個人的なものにとどまらず、客観性、大げさには歴史性、社会性に向かうところでしょう。歌合せという、AとBを比べて、どちらが優れているかということを明確にすることで、その時代の文学や芸術の行くべき道を指ししめす、というのが理想的なのですが、大概は既成の価値観を踏襲し固定化することになりますが……。藤原俊成であれば俊成の美意識を明確にすることになります。「和歌九品」などという、「上の上」から「下の下」などというランク付けも、同じことです。
 ただ、この「評価」ということを短絡的に捉えてしまうと、芸術を経済的価値に還元したり、社会的優位性に置き換えたり、人気投票になったりと、何らかの外在的な価値に代替してしまうことになりかねません。J-POPでなかなか批評が成立しないのは、CDの売上げやダウンロードのカウントという数値で評価が完結されてしまうからで、「売れていないが、よい」ということが、成立しにくいからでしょう。
 芸術を芸術的価値において評価するということは、なかなか難しいことのようです。それはとりもなおさず、芸術的価値というものを定めることの難しさに起因します。
 再現・描写について考えてみましょう。今日見てきたのは、14世紀から19世紀の評論でした。19世紀末にはやっと写真が出てきますが、録音、録画という技術が存在しなかった当時、記録の方法としては、言葉と絵画しかなかったわけです。これが録音や録画と決定的に異なるのは、受動的ではなく、能動的であるということです。ビデオカメラやレコーダーは、セットしてスイッチさえ入れれば、勝手に記録しておいてくれます。ズームインや指向性、編集ということはありますが、最低限のレベルのことを考えてください。ところが、文字や絵による記録は、記録者(あえてこう呼んでおきますが)が積極的に、行為しないといけません。そして重要なことですが、すべてを均一に記録することは不可能ですから、この段階で既に取捨選択、クローズアップやカットオフが発生しています。印象に残っていないことは記録されないのです。
 よく、読書感想文で、あらすじを書いて、最後に「面白かった」、おしまい、というのがありますが、確かにあらすじをきちんと書くというのは難しいことですので、小説や普通の演劇であれば、ある程度は必要で有効です。しかし、それは美術や音楽、詩、ダンスにはほとんど当てはまりません。
 では、それらの芸術作品を再現、描写するとは、どういうことか、というのが問題になります。少なくともこれまでは、批評という行為は言語でなされてきました。たとえばこれから、ネット上で、再現や描写は画像や動画でやって、ということは可能になっています。しかし、やや保守的かもしれませんが、批評の完成度、独立性ということから言って、「動画の3分20秒目の右手の動きがすごい」では、ちょっといかがなものかと思うのです。
 
 よく芸術享受の尺度としても、感動という言葉が使われるのですが、スポーツでもそうですが、これにはちょっと抵抗があります。つまり、感動さえすればよいというわけではないだろう、ということです。
 現代美術家のジャスパー・ジョーンズでしたか、「見ることは、考えることだ」といっていましたが、こと現代芸術においては、思考停止に陥るような感動は、むしろ煽情的であったり、ステレオタイプであったりするのではないかと、否定的に見られるべきものです。
 つまり、感動やインパクトといわれるようなものの強度だけではなく、思考や内面的に包含している世界の深さなど、深度というものも考えていかなければならないと思っています。
 解釈という作業が残っていますが、これは芸術作品に対してよく向けられる言葉「わからない」ということを置いてみると、よくわかると思います。ある動きが、どういう意味をもっているのか。または、その作品において、動きに意味があるのかどうか、そういうことです。作品によって、物語を解読することだったり、表面的な物語に秘められた裏の意味を汲み取ったりということもあれば、作品の構成を分析したり、動きのフォーメーションをたどることで作品のユニークさを汲み取ることもあるでしょう。
 つまり、その作品のよって立つところがどのような思想、流儀であるかということがわからなければ、「わかる」ことを求めている作品かどうかもわからないということになります。「具体的な芸術現象を主題とし、そこに見出される諸々の意味を論じ、もって作家と鑑賞者たちに指針と手がかりを与える活動」という、『美学辞典』の定義を最初に引用しましたが、この段階に、最もふさわしい定義だと思われます。
 さて、ダンスを批評する際に、最もアプローチしやすいものとして、技術批評が挙げられます。これは主にバレエにおいて中心をなすもので、オリンピックの新体操や体操、フィギュアスケートの技術点と同列に考えていいと思います。既定のテクニックをどれだけ正確にできるか、あるいはそれ以上にできるかということが評価のポイントとなります。
 技術批評が成立するためには、そのジャンルが理想、最高とする技術的な到達が、すべての成員によって合意されているということが必要です。
 この世界では、ジャンプや回転の正確さと高度さが求められます。長く厳しい修練によって獲得された完璧な身体のコントロールによって、初めて実現するものです。
 ローザンヌでクロード・ベッシーさん(パリ・オペラ座バレエ学校校長に1973年に就任、2004年3月に引退した)がテレビ中継などでよく語っていたことなどは、技術批評と共に、心構えや品といったことだったのではないかと思います。
 現代芸術の問題は、どのようなダンスが、そのジャンルの最高峰であるのか、その規範が明確でないことです。富士山型ではなく、日本アルプスのような連山型だったり、あるいは気がついたら山ではなかったりさえする。
 つまり、現代芸術においては、それがどのような規範をもっているのか、あるいはもっていることを否定しているのかということを含めて、その価値や洗練度を測る尺度が自明でない、明確でないということがあるのです。
 また、コンテンポラリーダンスには、残念なことに、観客が少なく、公演日数が少なく、再演される機会が少ないという、はなはだ現実的な問題があります。ということは、上演→批評→確認というサイクルが出来上がりません。このことは、ダンスの批評が成熟、成立しない大きな原因の一つだと思います。
 さらに、コンテンポラリーダンスが、経済的に成立していないことは、批評の地位にとって、どのような影響があるでしょうか。先ほど、J-POPについて、マーケットとして成立していて、売れるかどうかがほとんどすべてであるから、批評が機能しないといいました。その流れから言うと、コンテンポラリーダンスでは、マーケットがほぼ成立していないので、批評行為によって、純粋に芸術的に評価されることが大きな意味を持つはずです。
 しかし残念ながら、ぼくたちは、そのことによって、逆の意味で、深い疲労感を持ちがちです。いくらいい作品をやって、いい批評をしても、経済的、社会的には全く評価されないということです。生々しい話になりますが、ぼくは京都新聞で「ダンス評」の枠をもってはいますが、ここ3年ほど、何も書いていません。ダンス人口、特にコンテンポラリーダンスの人口の少なさを新聞社の担当がよく知っているために、書かせてくれないのです。
 なぜ、コンテンポラリーダンスの観客が少ないかを、ここで分析する余裕はありませんが、ここまで述べてきたような、現代芸術、コンテンポラリーダンスの批評の困難さということと、関係がないわけではないと思います。その享受における解釈や意味づけや再現、再話の困難さ、その上に、技術的な高度さや一般的な意味での美しさを拒否したような傾向があることから、見ることの快楽を留保したようなところがありますから。
 しかし、だからこそ見えてくる真実というものがあると、ぼくは思っているのです。
 最後に、プリントの、「評価」の下に、あえて( )を置いていますが、ここにぼくは「世界の共有」というような言葉を置こうと思っているのです。それがどんな世界であろうとも、醜い残酷な苛烈なものであろうとも、作者はそこに一つの世界、小宇宙を構築しようとしているはずです。現代芸術とは、そういうものです。それを、受け止め、解釈して、何とかその世界を消化し飲み込もうとするのです。そして大切なことですが、批評は、その世界を飲み込んだ後で、それに対抗するような世界を提示するのです。それが実作者と批評家が対等でありうる、おそらく唯一の道だと思います。
世阿弥の項:
http://kuzukiria.blog114.fc2.com/blog-entry-23.html

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2017年4月 4日 (火)

「なぜ狂い、いかに狂うか~「狂」の舞台表現」(2012年6月の講義録)

2012年6月11日に神戸女学院大学「アート・パフォーマンス」でお話しした内容です。
これも担当教員は小林昌廣先生でした。小林先生の前でお能の話をするのは、汗顔ものでした。

芸術、特に現代の舞台芸術にかかわっています。具体的にはコンテンポラリーダンス、直訳すれば現代のダンスを中心としたダンスの評論、公演の制作を中心に、現代演劇を見たり、たまに画廊や美術館に行ったりもします。
 いつごろからでしょうか、確か何らかの形での小林先生のナビゲーションもあって、古典といわれる舞台芸術にも強く惹かれるようになりました。
 今日お話ししながら一緒に考えて行きたいのは、最終的には感動というものがどこからやってくるかということです。現代のダンスや演劇から深い感動や鋭い衝撃を受けていたぼくは、古典といわれるものからは、それほど生々しい、現在のぼく自身に肉薄するような感動は受けないと思っていたのですが、実はそうではなかった。
 人形浄瑠璃、歌舞伎、お能、いずれも何百年も前のものなんでしょうが、少し解説を加えてもらったり、こちらが勉強したりすることで、驚くほどの生々しい感情のあらわれを感じ取ることができました。
 その中でも、お能にぼくは強く惹かれます。よくあるスタイルを紹介しますと、主人公、シテと言いますが、作品を通じて同一人物ではあるのですが、それが前半と後半で豹変、変化(へんげ、といいます)する。前シテ、後(のち)シテといいますが、前半は普通の村人とかであって、ワキ、脇役の、だいたいが旅の僧とかがその土地にまつわる歌枕などの話しをし、興に乗ってくると、シテが実は自分こそがその○○なのだ…と告げて引っ込みます。たいていは、この世に深い怨みを残して死に、いまだに成仏しきれていない、たましいです。
 そして後半、そのたましいが覆いを取り去られたかのように、生前の姿を取り戻したというよりは死後、いまだ彷徨っているたましいとしてあらわれる。
怨みや悲しみのせいで、言ってみれば、狂ってしまうわけです。狂うほどの強い感情のたわみ、ゆがみのようなものを、お能という、一見というか先入観としては静かな舞台芸術が、どのようにあらわす、現前化するのかというのが、お能を見るひとつの喜びです。
 今日紹介する道成寺というお能では、プリントを見てもらうとわかるように、前半は若く美しい女性です、白拍子というのは、巫女舞などを舞う男装の芸能者です。異性装をすることで、神の憑依がたやすくなると信じられてもいたようです。余談ですが、これは、舞踏、暗黒舞踏といわれる現代のダンスでも同様のことが行われているといっていいでしょう。
後半では鬼のような顔に変化します。鬼の面は一般的に般若ですが、ここではそれをさらに通り越し、また蛇であるということから、真蛇という面が使われています。屈折した怨みを持った女性の、怨みの対象は直接的にはこの道成寺の鐘ということになっています。
 まずは、ダイジェスト版で見どころを観てもらいましょう。特に、3分前後からの小鼓と激しい気合だけで、シテが足先だけを動かす乱拍子、そのあとの激しい急の舞、そして鐘の中に入る場面、おそらくお能のイメージを覆すような激しさ、速いテンポに驚かれると思います。鐘に入る瞬間に、鐘を持っている鐘後見という後ろで綱を持っているひとが、身を投げ出すようにするしぐさなども見どころです。そして鐘から出てくる姿に注目してください。
 <般若>とはもちろん能の鬼女で、それは中世の鬼のなかでももっとも鬼らしい鬼である。なぜなら、三従の美徳に生きるはずの中世の女が、鬼となるということのなかに、もっとも弱く、もっとも複雑に屈折せざるを得なかった時代の心や、苦悶の表情をよみとることができるからである。<般若>の面は、そうした鬱屈した内面が破滅にむかう相を形象化して、決定的な成功をおさめたものといえる。…世阿弥は<鬼の能>にふれて、「形は鬼なれども、心は人なるがゆへ(ママ)に」という一風を想定している。…中世の鬼女がきわめて独自であるのは、たとえば能の詞章が、鬼とならざるを得なかった女の内面に綿々としてかかわり、あるいは鬼となってからさえ、その渋滞しやまぬ情念のゆくえを問い続けていることである。(馬場あき子『鬼の研究』1971、ちくま文庫1988)
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■道成寺
喜多流 シテ(白拍子、蛇体):塩津哲生(しおつ・あきお)、 ワキ(道成寺住職):宝生欣哉、笛:松田弘之、小鼓:成田達志、大鼓:白坂保行、太鼓:観世元伯、鐘後見:友枝昭世 2000年8月、身曾岐神社能楽殿 八ヶ岳薪能十周年記念公演
<あらすじ> ここは紀伊国、道成寺。長らく退転していた鐘が再興され、今日はその供養の日である。その晴れやかな日に道成寺の住侶は、どういうわけか、鐘の供養の場へは決して女人を入れてはならぬ、という旨を能力に触れさせる。
 一方、紀伊国の傍らに住むという白拍子が、鐘の供養のあることを知って急ぎ道成寺に向かう。まだ日も暮れぬうちに到着するが、やはり参拝を拒まれる。供養に舞を舞って見せるから、鐘を拝ませてほしいと頼む女に、能力(のうりき。寺で力仕事などをする下級の僧、寺男)も、白拍子の舞を見たさにか、美しいその姿に魔がさしたのか、女人禁制のはずの境内へ、彼女が入ることを許してしまう。烏帽子を付け舞の仕度をした白拍子が供養の場に入ってくる。女はしばし立ち止まり、鐘を見つめる……。
 入相の鐘が鳴る--。つい今し方まで明るかった境内に夕闇が訪れ、徐々にまわりの風景を漆黒に同化させてゆく。ほの白く煙ったように浮かび上がる桜、桜、桜。その中をただひとり舞う女--妖しくも美しい光景。
 音もなく散りゆく桜。女は人々が眠っているのを見定めると、恨みの言葉を残し、あっという間に鐘を引き担いでその中に消えた。
 突如、全山に響きわたる轟音。慌てふためいた能力たちが鐘楼あたりを見にくると、なんと吊ったばかりの鐘が落ちている。しかも鐘は熱く煮えたぎっていて触れることさえできない。これは尋常なことではない。彼らは、さんざんもめた挙句、このことを住侶(その寺に住む僧侶)に報告する。
 僧たちを連れて鐘楼に赴いた住侶は、そこで、この道成寺の鐘にまつわる恐ろしい因縁を語って聞かせる。--昔、紀伊国にまなごの荘司という者がいた。彼は幼い娘に度々土産などを持ってくる熊野参詣の山伏のことを、あれこそおまえの未来の夫などと戯れを言っていた。父親の言葉を一途に信じて成長した娘は、ある夜、山伏に言い寄る。山伏は仰天して夜中にこっそり荘司の家を抜け出して道成寺に逃げ込み、鐘を下ろして貰い、その中に隠れた。女は悲しみと怒りのあまりになりふり構わず追いかけた。そして、折から増水した日高川を遂に一念の毒蛇になって泳ぎわたり、とうとう山伏の隠れた鐘を見つけ、蛇身で巻いて鐘もろとも焼き溶かしてしまった。--
 住侶が僧たちとともに護摩を焚いて祈ると、大音響とともに鐘が上がり、中から恐ろしい形相の蛇体が現われる。激しい闘いの末、蛇体は遂に祈り伏せられ、日高川の深淵に飛び入り沈んでいったのだった。(終曲)--そして、またいつの日にか繰り返される因縁。女は果てしなく続く情念の闇を永遠に彷徨う。--(1993年、大槻能楽堂改築10周年記念「道成寺フェスティバル」プログラムから)
 さて、解説にありましたように、乱拍子、急の舞、そして鐘入り、さらに鐘を上げるともうそこには蛇しかいないわけです。ここでぼくが面白いと思ったのは、当たり前のことではありますが、蛇になってしまわないことには、僧侶たちは何もできないわけです。女が狂うように舞っている最中、僧侶たちは何をしていたのか。白拍子の舞に酔いしれ、いつしか居眠りをしていたということになっています。そこへ突然鐘が落ち、何事だ、雷か、などと大騒ぎするのは滑稽で、劇の緊張をいったん弛緩させるわけですね。
つまり、激しい舞いという形で、振幅が最も大きいのは、蛇になってからではなく、人間の女である間です。前シテが、こんなに激しく舞うというのは、どういうことかな、と思うのです。
 おそらく、この道成寺というお能が面白いのは、主人公である白拍子という美女が、現在進行形で狂乱していくからなのでしょう。この白拍子は、いったいいつ蛇になったのか。もちろん、鐘の中でなのですが、鐘が落ちた後、舞台の上で展開しているのは、昔の出来事として語られている、鐘にまつわる因縁話です。この話しですが、女が蛇になって鐘と山伏を焼き溶かした、というところだけ取り出すと、恐ろしい女という話しですが、父親の戯言を本気にして自分の花婿だと定めてしまった少女の、実らぬ恋の悲しいお話です。普通の娘さんを、蛇にしてしまったのは、直接的には山伏に邪険に振られた悲しみ、そしておそらくはその時に大人の男たちが寄ってたかってぐるになって、女から山伏を隠そうとした、そのことで受けた恥辱への怒りです。
 このような悲しみと怒りは、馬場あき子が指摘しているような、三従の美徳~嫁ぐ前には父兄に従い,嫁いでは夫に従い,夫が死して後は子に従うこと~にじっと耐えている女を、男たちが戯れ半分で翻弄した末に、爆発してしまったものでしょう。しかも、蛇という生き物は、セクシャルな象徴である一方、手も足も持っていない不具者のような存在でもあります。すでに蛇には、たとえ毒蛇であろうがなかろうが、僧侶たちの調伏、数珠を使った法力によって、柱に巻きつくぐらいのことしかできなくなっています。柱巻きと呼ばれる名場面です。鬼になってしまってはいるが、悲しみは抱えたまま、というのが、世阿弥の言う「形は鬼なれども、心は人」という状態であると思えます。
 次に見てもらうのは、バレエの「ジゼル」を、思い切って現代的に解釈しなおした、マッツ・エックというひとが振付・構成したものです。プリントにあらすじを載せましたが、アルブレヒトという白い服を着た青年に裏切られたジゼルは、マッツ・エックの解釈では死なず、狂ってしまうのです。アルブレヒトと婚約者のバティルドが抱き合っているのを見つめるジゼル=アナ・ラグーナの目は、完全に常軌を逸した人の目ですし、それ以後のジゼルの動きは激しさとともにバランスを崩していることが表現されています。ここれもアルブレヒトという貴族のお坊ちゃまの悪ふざけが、素朴な村娘を破滅に追いやるという構図は、実は道成寺とあまり変わりません。舞踊作品としては、ジゼルの狂気を他のアンサンブルも含めた群舞の激しさで表現したりという違いはありますが、だまされた女性がさらにひどい目にあうところも似通っています。ただ、ch24あたりで精神病院に入ったジゼルがヒラリオンと再会することによって、つかの間の救済を意識させるようなところはありますが、最終的になぜヒラリオンが死んでしまい、アルブレヒトが救われるのか、よくわからないドラマではあります。
 今日は、第一幕の最後のジゼルが狂ってしまうところと、第二幕で精神病院に入ったジゼルがヒラリオンと再会するところだけを見てもらい、現代のバレエの狂気の表現を見てください。
マッツ・エック版ジゼル
クルベリ・バレエ団、振付:マッツ・エック、音楽:アドルフ・アダン、初演1982年、収録1987年 ジゼル(村娘):アナ・ラグナ、アルブレヒト(村人ロイス実はシレジア公爵):リュク・ブーイ、ヒラリオン(ジゼルに恋している青年):イヴァン・オーズリー、バティルド(アルブレヒトの婚約者):ヴァネッサ・マキントッシュ
Ana
 ここで、シェイクスピアのハムレットや、森鷗外の舞姫にも触れたいところですが、今日はちょっと余裕がありません。ハムレットのオフィーリア、舞姫のエリス、ともに実に哀れな女性です。ぜひ原作を読んでみてください。舞姫は、インターネットの青空文庫でも全文読めます。ぜひ原文の味わいを含めて、読んでいただきたい。本当に狂っているのは誰だろう、と思わせられると思います。また余談ですが、この二つの作品は、宝塚歌劇でも舞台化されました。特に舞姫は素晴らしく、エリスを演じた野々すみ花の、まさに鬼気迫る演技は特筆物でした。
 道成寺、ジゼル、そしてハムレットも舞姫も、男のせいで無垢な女性が狂って、死んでしまうというものでした。次に見てもらうものは、チェーホフの三人姉妹をパパ・タラフマラという演劇ともダンスともつかないカンパニーが、非常にセクシュアルで大笑いしている騒がしい作品に翻案しているものです。あらすじで、この淡々とした戯曲の、どこに狂気に通じるようなところがあるのか、思いつくところにアンダーラインを引いて見ましたが、正直言ってよくわかりません。ただ、この演出の小池という人が、三人姉妹の中に見て取った狂おしさのようなものを、極端に大きなものにした作品だといえるでしょう。ヒステリックでエキセントリックな表現は、今日は初めてみることになると思うので、そういう表現の質にも注目してみてください。
そして最後に見てもらうのは、BATIK『ペンダントイヴ』というコンテンポラリーダンスの作品です。おのずからなる狂気とでもいいましょうか、誰に狂わされたのでもない、内発的な狂気ではないかと思います。そう考えたときに、いくつかの疑問が出てきます。一つは、これを狂的に見ているのは誰かという問題、そしてこれを狂気だと見ているのは誰か/なぜかという問題、そしてメタな設問になりますが、この狂気をさせているのは誰か/なぜかという問題。
Dance Company BATIK『ペンダントイヴ』
原っぱに集う、色とりどりの衣裳をまとった少女たち。泣き、叫び、笑い、暴れるカラダが呼び起こす遠い記憶、渦巻く感情。キラキラとした無垢な情熱とその先に待つ闇、恐怖、そして背徳感……そのすべてを受けとめて、疲れ果て倒れるまで踊る。痛みや苦しみの先に生まれる、いとおしさを信じて--。(映画公開時のチラシから) 
Batik
構成・演出・振付:黒田育世、出演:BATIK、音楽:松本じろ、収録:2007年3月・世田谷パブリックシアター
BATIK:黒田育世振付による作品創造を中心とし、2002年4月設立。あえてバレエのテクニックを基礎にもったカンパニーとして、コンテンポラリーダンスの表現の中で「踊ること」にこだわった活動をしていきたい。http://batik.jp/
 ドキュメンタリーの中で一人のダンサーが「リハーサルを何回かやっているうちにだんだん見えてきて、初めて通したときに、感情が入りすぎたのか走りすぎたのかわからないんですけど、頭の中がぐるぐる~ってなって、大泣きしてしまったんですよ。これは何なんだろう、って思って。」言っていたが、ここで見られるのは生々しく赤裸々な命そのもののようなもので、もしそれが狂っているように見えたとすれば、狂っていない状態とは、実は何かに抑圧され規制されているのではないかなどと思ってしまうのです。おそらくは、近代以後の芸術が求めてきたのは、そういう生々しさ、本質、といったものであるわけでしょうが、このように見てきますと、実は古典芸能の中にも、ある種の仕掛けによって非現実の振りをしながら、実はそういう赤裸々さ、生々しさを描いていたものがあったということに気づき、改めてすさまじいなと思うのです。

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「ダンスの中の日本らしさについて」(2010年6月22日の講義録)

2010年6月に、神戸大学大学院「舞踊表現特論:の授業でお話しさせていただいた時の原稿です。

担当教員は、関典子先生。どうもありがとうございました。
テーマは、「ダンスの中の日本らしさについて」

 コンテンポラリーダンスについてのお話ですが、その前に、コンテンポラリーアート、現代芸術というものに、「日本らしさ」なるもの、つまりある地域や民族に限定的な特徴というものがあるのか、ありうるのか、ということを考えてみましょう。
 大まかな結論から言うと、それは「ない」と思ったほうがわかりやすい。基本的には、コンテンポラリーアートは、伝統や土着性を切り離して、グローバルとかボーダーレスとかインターカルチュラルとかトランスカルチュラルとか、そういうものであろうとしてきたから、日本らしさとかいったローカリティは、必要なかったし、追求もしてこなかった、そういう印象があります。
 そして、コンテンポラリーアートは、他の様々な産業や文化と同様、アメリカやヨーロッパで発生したものだったために、あらかじめ周縁的な非欧米を顧慮していなかった。もちろん、アメリカにおいては、移民という形でロシアや東欧の画家が多かったということはありましたが、それはアメリカの特質であって、要するにアメリカ的だといえるのではないでしょうか。
 ですから、現代芸術の後発である非欧米諸文化の芸術家たちは、まず欧米的であろうとしました。日本の現代芸術家、岡本太郎などを思い浮かべても、そういうことがいえると思います。それ以外の文化については、欧米からは、エキゾチシズムの対象でしかなかったといえるでしょう。
 ところが、そのようなグローバリズム、いわば世界均一主義というものは、どうもある時点からいろいろな意味で危なっかしいものになっているらしい。2001年9.11の同時多発テロ事件以後のブッシュ元大統領らのアフガニスタン紛争、イラク戦争へという振舞い、イギリスや日本の同調、そして実際に大量破壊兵器があったのかどうか……どうもそのあたりから明確になってきたのが、グローバリズムへの反動としてのクリティカル・リージョナリズムであり、ポスト・グローバリズムだといっていいでしょう。
 ここでそれらの「イズム」について、ちょっと確認をしておきましょう。
 クリティカル・リージョナリズム
 批判的地域主義。アメリカを代表する建築批評家K・フランプトンが提唱した概念。(中略) 歴史主義にも前衛的な実験にも回収されない、地域固有の伝統と近代建築を融合しようとする立場としての「批判的地域主義」を確立した。その概要は主著『近代建築』(未邦訳、1984)の中で、「場所に根ざした建築であること」「風土性を最大限に生かした建築であること」など7箇条にまとめられており、(後略) [執筆者:暮沢剛巳]
■ ポスト・グローバリズム
 1990年代のアメリカの世界支配の時代から、ユーロの成立や9.11テロやイラク戦争を経て、新しい共生の世界秩序の時代。一律的なものの見方ではなく、多様な価値観を受け入れあうことが重要。(向壽一)
 20世紀の経済学者や政治家たちは、グローバルな経済と政治をモデル提示した。しかし、文化の持つ重要性と影響力を軽視した社会を、成功した、成熟した社会と言い切れるだろうか。現代社会はグローバル化によるメリットとデメリットを抱えながら、グローバルの対極にあるローカルに関心を向けるようになった。(デザイナー アレクサンダー・ゲルマン)
 とはいうものの、今日、コンテンポラリーダンスにおける日本らしさについて考えてみたいと思ったのには、個人的にいくつかの理由、はっきり言うと危機意識があります。
 直接のきっかけは、今年の2月に、横浜ダンスコレクションRというコンペティションを観たことです。関西にいると、なかなか芸術活動のマーケティング的側面について、敏感になりにくいのですが、ぼくもまたそうでした。
 そこでは、海外の審査員も複数いて、特に海外のマーケットに売ることのできるカンパニー、ということが、選考基準になっているように思われました。
 これは、先週の学部の授業「臨床舞踊論」でもふれたのですが、90年代半ば頃から、日本のポップカルチャーのキーワードの一つに「かわいい」というのがあって、それを近年、麻生元首相の嗜好もあってでしょう、外務省や経済産業省が、日本の文化の海外への発信の切り札として、また日本の産業振興の一つ、文化産業の切り札としてアピールしています。
マーケティング戦略としての日本らしさ
●BUTOH 初の海外公演は、1978年、パリ。
●かわいい
 外務省「ポップカルチャー発信使」(カワイイ大使)(2009年2月)
Kaawaiitaishi  
 「「かわいがる」側と「かわいがられる」側の圧倒的な支配関係…対象を「かわいい」と思う自分をもまた「かわいい」と感じる、という構図…社会的には上にいる存在を自分の側に引き寄せることで、実際的かつ意識的な価値を転倒させようという目論み→だからこそ、女性が、それも男性社会の中で最も弱者であるとみなされている若い女性が「かわいい」と発するのである。…それによって、最終的には社会は完全に転倒してしまうだろう」(小林昌廣「「かわいい」は革命的なコトバである」、「美術手帖」1996年2月号 特集「かわいい」)
 そして、日本のコンテンポラリーダンスの世界でも、1990年に結成された珍しいキノコ舞踊団以後、「ガールズ」ダンスカンパニーは、少なくとも表面的にはキュート&ポップ、かわいいということをベースに展開しているように見えます。
 そのコンテクストに、横浜ダンコレを合わせて見てみると、確かにそういう傾向があるようで、正直に言うと、それはちょっといろいろな意味で不満なわけです。
 一つは、日本の日本らしさというものが、キュート&ポップ、かわいい、というようなものなのかどうか、そのことにすぐになるほどとうなずくことができなかったこと。そして、それが現代美術でもいわれているような幼形成熟、ネオテニーということではあるのでしょうが、もっと何か、ダンスの内在的な要因による、新しい評価の尺度はないものか、少なくとも偶々かも知れませんし、向こうが後から乗って来たにせよ、国策に入り込み、あるいは即したような形での方向付けには、どうにも反撥を感じてしまう。
 また、それ以前から、ずっと考えていたのは、幾人かのアジアやアフリカのコンテンポラリーダンサーの作品にふれていたことです。インドネシアのサルドノ・クスモ、タイのピチェ・クランチェン、そして韓国の何人かのダンサー。
 ピチェ・クランチェンというタイのダンサーについて、まず荒い映像で恐縮ですが、短いものを見てもらいましょう。
 このように、伝統ということを正面から、つまりパロディとかではなくて向き合って、そこから自分自身の現代性を導き出していこうとしていることに、驚き、半ばうらやましく思っていた。そしてそのことが、彼らの作品の強さ、強度になっているように思え、翻って日本の多くのコンテンポラリーダンスには、何ものかにきちんと基づいたような強さがないように思えたのです。
 そもそも、ぼくたちは、日本の伝統、伝統芸能について、知らなさ過ぎました。ぼくも年をとって、同い年の友人からのサジェスチョンもあって、特に文楽とお能には最近はまりつつあるようなのですが、ここで一つのエピソードとして、歌舞伎が海外に与えた影響を紹介しておきましょう。
・歌舞伎の初の海外公演は、1928年、市川左團次一座によるソビエト連邦公演。モスクワ、レニングラード。エイゼンシュテインが観劇し、『イワン雷帝』で主人公に見得を切らせる。
Sadanji
▲「忠臣蔵」の口上人形を前にして・大星由良助に扮した左団次と談笑するエイゼンシュタイン
・UNESCO Culture Sectorユネスコ無形遺産リスト
http://www.youtube.com/watch?v=67-bgSFJiKc
 まるで、印象派に浮世絵が影響を与えたような話です。日本の伝統芸能には、これほどのインパクト、強度があるのです。
 なお、歌舞伎を英語で紹介したい場合には、UNESCOのサイトの映像、Youtubeからも見ることができます。
 さてひるがえって、日本のコンテンポラリーダンサーで、日本の伝統舞踊を学んできた人、精通している人、がどれだけいるでしょうか。
 これは本当に笑い話なのですが、自分でそう考えたとき、そして何人かに尋ねてみたとき、ハイディ・S.ダーニングという、スイス人の父親と日本人の母親のダブルである女性ダンサーのことしか、皆思い浮かばなかったのです。
 ハイディは、日本舞踊の名取でもあり、モダンダンスも習っており、いろいろな意味でダブルな文化背景を持っています。こういう作品で、阪神大震災で亡くなった、日本人の母親のことを踏まえています。
アルティブヨウフェスティバル'08 【ハイディ・S.ダーニング「Yurari(ゆらり)」
 笛を使っていること、着物を着ていること、で日本的であることは明らかなのですが、動きそのものにも、重心の位置という点で、非常に日本的です。日本の伝統的な動き、舞のほとんどが腰を落として、重心を低く保ち、上半身の上下動をなくして、足を地面から離すことなく移動します。すべてが欧米の舞踊、端的に言ってバレエとは逆の動きです。丹田に力を入れ、いわゆるインナーマッスルを鍛える動きなのでしょう。
 実はもう一人、比較的最近の若い人、まだ20代なのですが、ボヴェ太郎さんという人がいます。昨年12月に神戸大学でもパフォーマンスをされたので、ご覧になった方もいるのではないでしょうか。彼は今度、7月2,3日にお能の「杜若」を、本当にお能の囃し方の人の音楽を使って、上演するのですが、今日は先日伊丹の旧家で行われた公演について解説させていただきます。以下は、ぼくが「イマージュ」という雑誌に書いたダンス時評の一節です。
Bove
 『陰翳-おもかげのうつろい-』(4月10日、旧岡田家住宅、伊丹)から、興味深いと思われたことを、何点か挙げます。
 基本的には、歩を進めるということを動きの中心に置き、飛んだり跳ねたりといういわゆるダンスをするわけではない。普通なら、背景となる劇場空間や舞台装置を「地」であるとすれば、ダンサーや役者は、その前で光り輝く「図」となって注目を浴びるわけだが、ここではボヴェは背景に溶解している。
 ボヴェの姿が見えるか見えないかは、実にどうでもいいことだったということだ。そこにボヴェがいることが感じられれば、そこにいるはずのボヴェが中心点となって、空間とぼくたちの意識が凝集することができたのだ。
 上半身をほとんど動かさず、すべるように、空間に浸透するかのように現れ出てくるのが、印象に残っている。空間に身体が入り込むことで、空間を溢れさせたり新たに圧を加えたりするのではなく、空間に身体が同化するような現れ方。そこでぼくたちは、身体に同化された空間というものを全身で味わうことになる。
 『能-神と乞食の芸術』(親本は1964年。『戸井田道三の本3 みぶり』所収、1993年、筑摩書房、p174)で戸井田道三が能について語った言葉。「もしわれわれが歌舞伎を見ているようなのんきなゆとりのある気持ちで見ているとしたら、能のシテはなんにもせずに舞台のまんなかにぼんやりしているにすぎなくなる。だから、それが抑制の極限における不動であるのを感じるのは、観客のがわに不動であることの内容を証明しようとする迎える見方があるのだ。これが能の観客の態度なのであって、そのような特別の態度をつくり出すのが、能舞台なのである」(同書、p189、傍点上念)
 「作品を積極的に享受しよう」という態度で作品に向かうことはできる。そうすると、舞台の向こう側から、思いもよらぬものが舞い込んでくることがある。ポール・クローデルは、「劇(ドラマ)、それは何事かの到来であり、能、それは何者かの到来である」と書いたそうだが(内藤高訳『朝日の中の黒い鳥』1988、講談社学術文庫、p117)、現代のダンスでも、突然何ものかが襲いかかってくるような舞台に出会うことがある。
 これらの動きは、じつは、腰を沈める低い姿勢、そして後ろ姿を見せることが多いことが大きな特徴です。これについて、ちょっと市川浩さんの所説を引いてみましょう。
身体の空間意識について~下降する身体と後ろ姿
 <後ろ>は、過去。上-下は、非常に強い特権性をもっている。シンメトリックでない。下は地球上では重力の方向ですから、これをひっくり返すことは難かしい。重力に抗することを価値としているのが、ヨーロッパではないか。
 多くの生物は身体軸の方向が行動の方向だが、直立した人間は、そうではない。上-下は、行動的価値から分離したことで、精神的な価値の方向という性格を帯びるようになったのではないか。
 「下」は、マイナスといっても、一種の聖なる性質~反聖性という意味での聖なる性質を持つ。
 大地は両義性をもっていて、「母なる」もの、生むものであり、飲み込むもの。
(市川浩『<身>の構造』、1984、青土社、p103-112から、大意)
 そのうえで、バレエと舞踏の経験のある現代の女性ダンサー、黒田育世さんのソロの一部分を、そういうつもりで見て下さい。上に伸び上がる動き、腰を沈める動き、色々な多様性が見えてくると思います。
【映像】黒田育世 MonicaMonicaMonica~「Floor」冒頭(2005、上之町會舘、岡山)
 さて、ちょっと目先を変えまして、実はお能とのつながりがあるのですが、コンテンポラリーバレエと呼ばれる作品を一つ見ていただきます。短い作品です。バレエのコンクールで、クラシックバレエとコンテンポラリーバレエが課題としてあって、それに向けて用意されたものだそうです。振付のサイトウマコトさんは、自らダンサーとして踊りもし、多くの魅力的なコンテンポラリー作品も創っていますが、次にご覧いただく「FLOWER」という小品は、佐藤玲緒奈さんという、現在スロヴァキア国立歌劇場バレエ団で活躍しているバレエダンサーがコンクールに出場するために振付けた作品です。この作品は、謡曲「弱法師」の一部分を音楽として使っています。もちろん日本の伝統音楽には、リズムや均一な拍子というものはありませんので、その意味では現代音楽に似ています。
 まず、お能の「弱法師」を見ていただいてから、サイトウ作品を見てもらいましょう。まず時間的な長さについては、現在のお能の上演の形式、複数の地謡と単独の素謡の違いなど、いろいろあるようですが、詳しくはふれません。とりあえず、お能のほうでは、日本の伝統的な動きについて、その特徴を、先ほどのハイディの動きとの流れやボヴェについての話との関連から、見てもらうことができるのではないかと思います。
佐藤玲緒奈『FLOWER』(サイトウマコト振付)
能『弱法師』(作:観世十郎元雅)(シテ・俊徳丸:友枝喜久夫。ワキ・高安通俊:松本謙三)、1980年
地 花をさへ。受くる施行の色々に。受くる施行の色々に。匂ひ来にけり梅衣の。春なれや。難波の事か法ならぬ。遊び戯れ舞ひ謡ふ。誓ひの網には洩るまじき。難波の海ぞ頼もしき。げにや盲亀の我等まで。見る心地する梅が枝の。花の春ののどけさは。難波の法によも洩れじ。難波の法によも洩れじ。
 さて、ここまで紹介した人たちは、お能や日舞という日本の伝統的な身体表現にインスパイヤされていること、ハイディもボヴェもそれぞれスイス、フランスとのダブルであり、佐藤玲緒奈はスロヴァキアで活動していること、と海外の要素を備えている、という点で共通しています。黒田は、小さい頃からバレエを習い、長じて伊藤キムのところで舞踏を経験しています。
 
 さて、ここからは、時間の許す限り、日本的と思われるような作品をいくつかみていただいたり、解説しながら紹介したりしていきましょう。だいたいが10年から15年ぐらい前の作品で、今現在においては、若干異なる傾向が出ているかもしれません。
 しかし、伝統芸能を前提にして、舞踏が切り開いてきた日本の身体表現について、何か新しいものを打ち立てていこうとすることは、なかなか難しいことのようです。
 ヤザキタケシ~四畳半
  「Space 4.5」、小空間で壊れていく「私」
 砂連尾理+寺田みさこ
  日常的な時間を、バレエ的身体と生な身体の隙
  間から見せる
 op.eklekt(折衷的作品の意)▼
  オプス・エクレクト。金谷暢雄・奥睦美。1991金谷のパントマイム教室から結成。
 Monochrome Circus
  初期は、非舞台空間を共同体的空間にする
 北村成美
  観客の自宅で踊る
 ヤザキタケシさんは、海外での評価が非常に高いダンサーですが、いつも海外に行くと、まず、トラディショナルか、BUTOHか、と聞かれて、コンテンポラリーだというと、やや鼻白むような反応があると、嘆いていました。
 op.eklektは、今はもう活動していないと思いますが、ちょっと桃山朝のような、バテレンっぽい雰囲気とでもいうのでしょうか、日本人もビックリするような雰囲気で、しかも日本らしさを逆手に取るようなことをします。
 この問題は、現在においても、考える値打ちがあるように思います。私たちにとって、日本というものは、いまやエキゾチシズムの対象ではないかということです。異文化としての日本、というものが、ほかならぬぼくたち自身に、あるのかもしれません。
 実は、これらの映像を集めてみて、いわゆる日本文化論、日本人論に安易に流れることは戒めようと思いつつ、やはり上に伸びるよりは下に、正面向くよりは後ろ姿、狭い空間で実現する自己、というような、「縮み」の志向であるとか、物事を小さくコンパクトに収めていくことに長けている日本人とか、そういうことが簡単に浮かんできます。
 うっかりすると、やや自虐的な日本人論にもなりかねないのですが、再び舞踏に目を戻しますと、土方巽は、モダンダンスの経験から、それを逆手にとるような形で舞踏を見出していったわけです。
 そしてまた、唐突ですが、これらをコンセプトとして意識化するとき、背景に千利休的な存在を思ったりもします。政治や経済をきちんと意識しながら、規制の価値観を否定して井戸茶碗や楽茶碗という当時は無価値だったものに新たに価値を創出したのは、現代の様々な芸術におけるヘタウマ的なものへの系統の萌芽があるように思います。
 完璧なものより少し破れたものを尊ぶ、本格より破格という美意識の始まりが、利休にあるのではないか。
 また、四畳半だった茶室を二畳にまで小さくするというある種ストイックなミニマリズムを徹底し、様々なコンセプトメーカーであったわけで、現代芸術のコンセプチュアルな側面と共通しているように思います。
 利休の現代性については、赤瀬川原平という現代芸術家が、『千利休 無言の前衛』(岩波新書)という本で詳しくふれています。
Akasegawa
 さて、冒頭で引用した、クリティカル・リージョナリズムとか、ポスト・グローバリズムに戻って、考えてみましょう。
 コンテンポラリーアートが、意識するしないに関わらず、モダンダンスや抽象表現主義におけるアメリカの栄光を引きずる形で、ある種のアメリカ中心主義的なグローバリズムを理想とするような意識があったのは、確かだったかと思います。みんながニューヨークを志向するような感覚です。
 ところが、どうしてもそのグローバリズムになじまない身体というものが出てきた。やや時代は前後しますが、1960年に現れた舞踏こそ、その先触れであったと思います。
 ところが、時代を先取りしすぎたために、当の舞踏が、1980年ごろからグローバリズムに陥ってしまうようなところがあったのではないでしょうか。
 実は、ヨーロッパからも、アメリカ的なものへの反発というものは当然あったわけで、フランスやドイツ、そして東欧のダンスには、明らかだと言えるのでしょう。
 そんなときに、アジア諸国から、コンテンポラリーダンスといいながら、とてもリージョナルでトラディショナルな、ほとんどエキゾティックものが出てきて、ぼくたちはショックを受けたわけです。
 欧米のグローバリズム・コンテンポラリーアートにとっては、2度目の衝撃だったはずですが、どうだったのでしょう。
 それにしても、ぼくたちは、あまりに日本の伝統から遠ざかりすぎているのではないでしょうか。ぼくは今、クリティカル・トラディショナリズムとでもいいましょうか、批判的に芸術や文化の伝統の中から現在に生かすことができるものを探していくことが、非常に重要なのではないかと考えています。
 たとえば、多くの伝統芸能が家元制によって、非常に閉鎖的なものになっている、と言われています。では、そもそも家元制とは何だったのか。ただ家元制を否定するだけではなく、それにクリティカルに向き合うことで、では、モダンダンスや舞踏も、なんだかそんな制度のようなものになってしまったようなところはないか、と批判的に検証することができる。そして、そもそもの伝統の継承ということはどういうことなのか、ということを考えることができる。
 さらに、そのことを身体的に検証していくことが、最も重要だと思われます。たとえば、ナンバという足の進め方がありますが、それは実際にはどのようなもので、どこから出てきたもので、今後どうすればよいのか。それとお能の動きとの共通性はあるのか。武道とはどうか。それは今のぼくたちの身体にとっては、どういう感覚で受け止められるのか。
 そのようなことを考察する、実践することで、自分の身体の内奥に秘められているものに向き合うことができ、新しい発見、そして表現が生まれてくるのではないかと思います。

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【人は最も語らねばならないことを語ることができるか】(2011年6月の講義録)

2011年6月27日、神戸女学院大学の「アート・パフォーマンス」でお話しした際の原稿です。
このころは、ゲストスピーカーとして1回だけの講義でした。
担当教員は、小林昌廣先生です。
改めて、このような機会をありがとうございました。
   ★
 今日は、この授業で既に2回続いた身体をめぐる話を引き継いだり離れたりしながら、そもそも人は、自分が今最も痛切に感じたり思ったりしていることを、十分に語り、表現し、伝えることができるのか、ということをめぐって、いくつかのケースを見て行きたいと思います。
 私がダンス、主にコンテンポラリーダンスといわれるものを専門にしていることから、パフォーマンス、身体表現という観点から、身体、人間のからだというものは、どのように表現する、物語る、ということができるのか、ということが大きくなると思います。
 この問いかけの背景には、2つの考えがあります。1つは、皆さんも小さい頃からよく言われてきたと思いますが、思ったとおりに書きなさいとか、真剣に考えれば書けるはずですよとか。つまり、思っていること、内面が外に現れること、表現は直結すると。でも、そうでしょうか。人は、思ったとおりに表現できたり、よく考えればよく表現できたりするのかな、という疑問です。
 2つ目は、その表現のことですが、人間が言葉を持った以上、叙述、何事かを述べ伝える、語るという行為は、言語に集約されたように思われていますが、表現は言語によるのだけではありません。「身体表現」とか、それは「言語化」なのでしょうか。端的に言えば、ボディ・ランゲージ、ノンバーバル・コミュニケーションというのはボディとかノンとか言いつつ、言語化しているのではないのか。それらは言語という媒介を通じた行為なのだろうか、言語化以前という段階を考えられないか、ということがあります。
 先週は舞踏家の岩下徹さんがいらしたそうですが、舞踏の創始者といわれている土方巽の身体~当時は「肉体」という言葉のほうがよく使われましたが~について、評論家の澁澤龍彦がこう書いています。
「舞台の上に、裸の男がごろりとひっくり返って、背中をまるめ、手脚をちぢめている。それは生の方向と死の方向とを同時に暗示した、未生の胎児の眠るすがたのようでもあり、またカフカの短編のなかの甲虫のようでもある。やがて裸の男はむくむくと起きあがり、一本一本数えられそうな肋骨を浮き出させて、からだを屈伸させはじめる。ふいごのように胸と腹が大きくはずむ。そうかと思うと、小児麻痺のように痙攣的な、衝動的な手脚の不均整な動きを示しつつぎくしゃくした足どりで舞台の上を歩き出したり、脚を棒のようにして急に立ちどまったり、意味のない短い叫び声をあげたりする。」(1960年夏に、日比谷の第一生命ホールの舞台で初めて土方巽を見たときの描写 (『病める舞姫』、1983・白水社、白水Uブックス所収。解説))
まさにそのような、物語ることなく、ただごろんと転がっているだけの、何ものにも従属せず、何も目的としない「器官なき身体」(アルトー)が一つの理想形ではないかという憧憬のような思いがあります。言語とか、何か形に残るものとして記述される以前の、思いにもならない、未生の何ものか、というものをつかみたい、というような欲求です。
 少し逸れますが、「表現」という言葉の持つ問題もあります。むしろ「表出」という言葉を使うべきではないかとしたのは吉本隆明さんですが、今はその議論に深入りしている時間はありません。
 身体は物語るのか、物語るとすればどのようにか、表現しないということは無徴であるのか、ということをめぐって、今日はいくつかの事実…災厄、物語、歴史的事柄、という出来事と、詩、いくつかの舞台芸術、ダンスそれぞれの表現の向き合い方について、見ていきましょう。
 まずはやはり、東日本大震災のことからです。
 東日本大震災のあとのさまざまな芸術や文化の動きについて、何か総括的なことをいう能力も資格もありませんし、まだその段階にもないでしょう。
 私の目にした範囲では、「日経エンタテインメント」という雑誌が、6月号で「エンタテインメント界はどう動いたか」というクロニクルを出しています。この号には、福山雅治の24時間ラジオでの発言の記録、EXILEのATUSHI、井ノ原快彦(よしひこ)、AKB48の高橋みなみ、作家の冲方丁(うぶかた・とう)らのインタビューも掲載されています。
 そして、「現代思想」という雑誌の5月号も、「東日本大震災 危機を生きる思想」を特集しています。
 さて、6月18日の土曜日にびわ湖ホールで見た、Noismという新潟市のレジデンシャルダンスカンパニーの公演で、主宰者・金森穣の「Psychic 3.11」という作品が、完結した形を持たないような終わり方をしていたように、それはまだ終わっていないどころか、まだこれから始まる何事かがあるかもしれない、そんな状態にあるのだと思います。その点で、阪神・淡路大震災と、かなり様相は異なっていると思います。
 その作品は、改訂再演だったそうですが、以前はなかった金森自身のソロパートが追加されたそうです。それについて、アフタートークで、金森自身が舞台で踊るのは久しぶりだったことについて、「じっとしていられない感じ」だと言っていました。おそらくこれは、何の衒いもなく、率直な思いだと思います。なるほど、ダンサーは、居ても立ってもいられないと、踊るのだ、ということですね。
 そのアフタートークの対談者であった黒田育世という、これまた非常に優れたダンサーですが、彼女はアメリカン・インディアン(ネイティブ・アメリカン)の言葉を紹介していました。大意ですが、祈ることを侮ってはいけない、ただ、祈るだけに留まってもいけない。踊りなさい、踊ることは実践だからだ。という言葉です。
金森は、東日本大震災について、今作品の中でどう対していくかとか、ぱっと答えられるような言葉はないが、自分が与えられた環境の中で、当たり前のことを当たり前にやっていく。この状況を生き抜くこと、と言ってもいました。
 黒田は、ちょうど震災の当日、野田秀樹という劇作家の『南へ』という演劇作品の振付担当として東京芸術劇場にいたそうですが、その上演が4日間だけキャンセルになった。そのことを野田がいまだに「しこり」に思っているということを紹介しました。
 野田自身、どう考えていたかは、「シアターガイド」という雑誌の6月号~小さな雑誌ですが、ここでも「劇場へ行こう-舞台のチカラ」と題して、劇場や劇団関係者のコメント、そしてニューヨークの9.11の時にアメリカの劇場街ブロードウェイの人々はどう対応したか、という記事が載っています~にインタビューが掲載されています。東京都との調整もあって、4公演を中止した。「自分はずっと芝居をやってきた人間なので、観客が来てくれる以上は上演することが至極真っ当なことだと思っていて、実際,電話が通じなかったため震災当日にも来場者はいらしたんです。もし公演会場が福島や岩手だったら、間違いなく上演は不可能だったでしょう。けれど、やれる場所と状況があるなら、それはやるべきだと僕は考えます」「予想外だったのは原発事故の深刻な現状が明らかになってきたことです。上演中の『南へ』は、噴火するかしないかわからない火山と、予兆とも思える地震が劇中何度も描かれる作品。…地震の場面になると強い緊張感が客席に走る。また震災前は観劇後「今回は難しかった」という声が多かったのに、再開後は一度も言われなかったのも印象的でした」
 これは、演劇を、演劇だけではないでしょうが、享受する場合のどれだけ「わが身に置き換えられるか」という基本的で素朴で初歩的ではありますが、真実な姿勢のありようを示しているように思います。
 続いて、震災後の現代詩についてふれてみます。4月末に発売された「現代詩手帖」5月号に掲載されていた作品を紹介しましょう。
      ★
 密葬     須藤洋平
彼女をおぶり避難所まで黙々と歩く。
乾いた風が肌を擦りひりひりと痛んだ。
不意に彼女、僕のあごをさすって、
「おんちゃん、おひげきもちいい?」
僕は思わず笑って、
「うん、きもちいいよ」
と返した。すると続け様にあごをさすって、
「おんちゃん、おひげほんとうにきもちいい?」
「うん、きもちいいよ」
今度は変に改まって言った。
彼女、小さくふふんと笑うと、
微かに震え、じんわりと温かくなった。
際やかな寒さに身を震わせながらも、
足はしっかりと地を摑んでいた。
      ★
 この号に掲載されている作品の中で、出色の出来、素晴らしい作品だと思います。ここでは、身体にかかわる事柄を中心に、読んでいきましょう。ごく日常的な情景のひとコマを切り取ったような、短い作品です。
 まず、「おぶる」という動詞から、ある重みを感じることができます。「彼女」といわれている対象が、老婆か少女か恋人か、母か娘か、まだわかりません。そしてこの「歩く」は、坂道を登っているのではないかと、特に書かれてはいませんが、そんな想像が沸いてきます。
 風、肌、痛み、この風が心地よいものではないのはなぜだろうと、その身体感覚の奥にある何ものかを想像することができます。
 不意に、という言葉から、この男が、何か考え事をしていたのか、ぼーっとしていたのか、とにかく心ここにあらずという体であったことがわかります。彼女の手のひらがあごに触れる、という触感を感じることができます。
 次の会話から、この「彼女」が少女であったことがわかります。「おんちゃん」は、「おじちゃん」がなまった、一種の幼児語的な愛称だと思っていいでしょう。実際に血縁のあるおじさんなのかどうかは、ここではわかりません。無精ひげのように伸びていたのでしょうか、ざらざらとした触感、これは風のひりひりとした痛みとは違っていたようで、「思わず」と、反射的にというような感じで、「きもちいいよ」と答えます。これは、実際に気持ちいいということもあるでしょうが、「彼女」へのある種の挨拶、あるいは、不意に話しかけてきてくれた彼女の言葉によって、日常とか現実とかに引き戻してくれたことへの感謝とかありがたさとか、そういうものが言語化される前の反射的な笑顔、応答であったと思います。
 彼女があごをさするのを止めないのはわかるとして、「ほんとうに」と念を押すのは、どうしてでしょう。それに対して、「僕」が、「変に改まって」同じ答えを繰り返したのは、なぜでしょう。
 抽象的な言い方ですが、これは生の実感とでもいうほか、ないのではないでしょうか。「彼女」は、何のためにか、避難所に向かっています。どこかからの帰りなのでしょう。「おんちゃん」におぶられているということは、お父さんやお母さんはどうなっているのか。説明されていません。想像する、想像させられることになりますね。そういう彼女の「ほんとうに」という言葉に、「僕」は、改まって、威儀を正すようにして、答えるわけです。
 すると、彼女は、安心するのですね。ここは美しい瞬間です。人間同士の対等な応答によって、彼女は何かを得るのです。そして、安心して、眠りに落ちたのでしょう、彼女のからだの力を抜いた体温が、改めて実感されるわけです。
 改行があります。演劇の暗転のように、この空白の一行によって、すべてを変えることができます。ここで「僕」がどのような姿勢の、心構えの、転換があったか、想像することができますし、読者もここでふと佇まいを変えることができます。
 僅か15行の短い作品ですが、これは、確実に言葉にできない、ならない何ものかを摑み、あらわにしている作品だと思います。そして、その何ものかによって、足がしっかりと地を摑むことができたことを実感したという、「僕」にとって、そして多くの人にとっての記念碑的な作品です。
 さて、タイトルに戻ります。「密葬」。さて、どういう解釈が待っているのでしょうか。
 一篇の、何も事実の事柄を語っていない詩から、私たちは、いろいろなドラマ、物語、事実を想像します。密葬は、どこでいつ行なわれていたのか。誰を葬るものだったのか。葬られた人は、「僕」と、「彼女」と、どういう関係の人だったのか。……
 極端な解釈をすれば、「彼女」の密葬であったのではなかったか、とさえ想像させてしまうような作品です。なぜそんな解釈が可能かといえば、この詩人が、ほとんど自分の皮膚で感じられる限りのことしか表現していないからでしょう。客観的に状況をみるという視点を、放棄しているように見える。客観的な事実など、どうでもよくて、彼女のぬくもりを感じる背中を中心とした感覚から言葉を出している。
 この極端に一人称である語り口、ナラティブが示す世界の広さ、狭さが、印象的です。他者の存在を意図しないかのような(作品である限り、そのようなことはありえないはずですが)極小空間で、物語られていないかのような言葉、その言葉から生み出される世界の密度の濃さ、それが強いていえば、表現としての緊密さを生んでいるといえるでしょう。
 さて、今みてきたのは、詩という言葉の芸術ですから、言葉以外に私たちが感じたり見たりしたものは、すべて私たち読者の脳か心だかの中にあるといっていいでしょう。今私たちがこの「密葬」という15行から受けたものは、すべて私たちの中で起きたことです。
 逆に、私たちの外で物事が起き、流れていくものとして、舞台芸術や映画などを挙げることができます。
 今日は、有名なシェイクスピアの初期の悲劇「ロミオとジュリエット」の、「バルコニー」の場面を見て、表現媒体の違いによって、受ける印象がどう違うか、身体や声の使い方はどうか、身振りやマイムといった身体言語を含めた言語以外の部分での伝達性というものはどうか、また、舞台を構成する要素の多さや少なさは、表現力というか、伝達力とどう関係があるかなど、とにかく見比べてみてほしいと思います。
 見比べるのは、ウィリアム・シェイクスピア作『ロミオとジュリエット』の、以下の3つの上演です。
 ・蜷川幸雄演出、藤原竜也、鈴木杏
 ・ジェラール・プレスギュルヴィック作、小池修一郎潤色・演出、宝塚歌劇団星組、柚希礼音、夢咲ねね
 ・ケネス・マクミラン振付、ウェイン・イーグリング、アレッサンドラ・フェリ
 これについては、さほど説明を必要としないと思います。人によって受け取り方や感じ方は違うと思いますし、どれが一番好きかというのも異なっているでしょう。時間があれば、これについてたっぷりディスカッションをしたいぐらいです。
 一点、バレエを見てもらったことで、身体が言語的に使われるということを、比較的簡単にイメージしてもらえたのではないかと思います。身体表現というものが、言語的なものと、言語外のものと、両方あるのではないかということに着目してもらえたら、身体表現ということについて考える目的の、ほとんどが達成されたようなものです。たとえば、次のような表を作って、採点して、一番合計ポイントが高いものが、一番感動的で、伝達力が高く、表現性が高い、といえるかどうか。おそらく足し算のポイントでは、腑に落ちないようなことがあるのではないかと思い、興味深いところです。なぜでしょう?
___________________________________
    |計|言葉 | 長さ  | 音楽  | 動き  | 舞台  | 衣裳  | 
|___|_|___|____|____|____|____|____|
|蜷川   | 
____|_|___|____|____|____|____|____|
|バレエ| 
____|_|___|____|____|____|____|____|
|宝塚   | 
____|_|___|____|____|____|____|____|
 技術やわかりやすさ、構成要素の多さ、そういうものだけでは測れない何ものかの存在を、私たちは感じているということではないでしょうか。それによって、感動というようなものが生まれてくる。その何ものかを、明らかにして計測することは、できるでしょうか。
 続いて、いわゆるモダンダンスの作品を見てもらいます。モダンダンスは、一般的に自我の内面の吐露を重視した、表現性の強いダンスであるといわれています。また、女性、黒人といった、当時のマイノリティによる、抑圧されたものの解放という側面を大きく持っています。
 今日ご紹介する「奇妙な果実」は、同名の詩によるダンス作品です。まずその詩がすごい内容ですので、読んでみましょう。そしてこれは、ジャズシンガー、ビリー・ホリデイが歌ったものです。まずはビリー・ホリデイの歌う「奇妙な果実」を聞いてもらいましょう。1939年の録音、ビリーが24歳のときの歌唱です。参考までに、「風と共に去りぬ」の刊行が、1936年です。
 同じ時期に彼女が歌ったスタンダードナンバーに比べて、フレージングが非常にシンプルで、装飾音等のアドリブ、遊びがほとんどないことが、かえって印象的です。
 そして、次にダンスを見てもらいますが、言葉の取り扱い、動きのテンションが、どれほどの激しさを持っているか、言葉と動きの対応が濃いのか薄いのか、ダンサーの立ち位置・視点がどこにあるのか、言葉の内容に比べて、激しさがどうか、というあたりをチェックしてもらえればと思います。さらに、このダンス作品から、言葉を抜いたらどうか、成立するのか、というのも考えるに値すると思います。
「Strange Fruit」
Pearl Primus振付、
  ダンス:Dawn Marie Watson
  1943年作品、2007年The American Dance Festivalでの上演。
  DVD “Dancing in the Light – Six Dances by African-American Choreographers”所収
Southern trees bear strange fruit (南部の木には奇妙な果実がなる)
Blood on the leaves and blood at the root (葉には血が、根にも血を滴たらせ)
Black bodies swinging in the southern breeze (南部の風に揺らいでいる黒い死体)
Strange fruit hanging from the poplar trees. (ポプラの木に吊るされている奇妙な果実)
Pastoral scene of the gallant south (美しい南部の田園に)
The bulging eyes and the twisted mouth  (飛び出した眼、苦痛に歪む口)
Scent of magnolias sweet and fresh (マグノリア(ミシシッピ州、ルイジアナ州の州花)の甘く新鮮な香りが)
Then the sudden smell of burning flesh. (突然肉の焼け焦げている臭いに変わる)
Here is a fruit for the crows to pluck (カラスに突つかれ) 
For the rain to gather for the wind to suck (雨に打たれ 風に弄ばれ)
For the sun to rot for the trees to drop (太陽に朽ちて 落ちていく果実)
Here is a strange and bitter crop.     (奇妙で悲惨な果実)
 さて、ここでは「奇妙な果実」の男性による朗読、リーディングが使われていましたが、これがビリーの歌だったらどうだったでしょう。なぜパールは、ビリーのよく知られた歌を使わなかったのか。それも、表現の強さ、深さがどこから来るのかを考えるときに、重要な鍵になると思います。
 こうして、様々な大きな感情の揺れを伴う現代詩、シェイクスピアの演劇・ミュージカル・バレエ、そしてモダンダンス、とさまざまな「表現」を見てきましたが、私が素朴に抱いた感想は、表現の要素が多ければ伝わるということでもないということ、そして表現しようとすればするほど、動きが小さくなったり、硬直したり、断片的になったりするということへの、不思議さです。極端に言えば、あまりに表現したい/すべきものが大きくなりすぎたときには、人間の身体というものは、停止ないし硬直するしかないのでしょうか。
 意外に私たちは、そのようなことを、日常的には経験しているのかもしれません。たとえば絶句というのがそうですし、「心余りて言葉足らず」という言葉が見られるのが古今和歌集(905年)の仮名序だったりするわけです。日本の和歌論は、ことば(詞)=表現と心のつりあいを主題としていたといってもいいほどです。
 また、「ただ転がっているだけの肉体」という、まるで達磨大師が9年間座禅を続けて手足が腐ってしまった、というような伝説的な存在のありようを、舞踏の土方巽が体現し、また彼自身も彼に続く多くの舞踏家も、障碍を持つ人の麻痺した身体を理想形としたり、衰弱体なる理想形を置いたりしていたことも、思い出すことができます。
 表現しようとすればするほど、萎縮してしまう身体。表現しようとすればするほど、伝わらないという私たちの享受機能。それを前提として、なおもこれからこの時代において芸術家たちはいわゆる「表現」を続けていくのか。東日本大震災の災厄が続いている中、そしてそれはまだまだ続くのでしょうが、どのような表現が可能かということは、すべての人に突きつけられる厳しい問いだと思います。よく言われることですが、「行方不明」として何千という数で語られる存在の一人ひとりを想像してしまうと、詩や演劇や歌や絵画やダンスどころではあるまいというのも確かでしょうが、そこから考えたり感じたりすることを始める表現というものの可能性が生まれつつあることも確かでしょう。
 表現そのもの、身体そのもの、人間そのものについて、メタな問いかけを繰り返しながらでないと、ひとことの言葉も、一挙手も一投足もできないのではないか、そんな思いがあります。そして、私たちが本当にこの事態を正面から真剣に受け止めた上で表現というものを始め直すなら、何かしらこれまでとは違う表現が生まれてくる可能性があるということも、歴史的に見て、ありうることです。
 阪神・淡路大震災のときにも痛感したのですが、こういう大きな災害、災厄がありますと、芸術なんて、演劇なんて、ダンスなんて、と卑下する方向に向かいがちです。
 しかし、穿った見方をすれば、その卑下や絶望には、芸術が被災者に何かできるはずだという前提があるように思います。感じたり思ったりしていることは表現でき伝わるはずだとか、真剣に考えていれば、表現できるとか。しかし、表現というものが、実は大変不自由なもので、思うようにならないものだ、ということを自覚していれば、却ってそのことが、行き場のない感情を抱えている人たちとの共通感覚となって、元々の意味でのカタルシス(元来は医学用語で、薬剤を用いて吐かせたり、下痢を起こさせる行為をいった。そこからオルペウス教などで魂の浄化を指す語となった。アリストテレスは悲劇の効果のひとつとしてカタルシスに言及)となるのではないかと思います。
 すべてを失った、と絶望している人の目の前に、一体どのような出で立ちで向き合うことができるのか。今は、そのことが問われるのだと思います。自らもすべてをかなぐり捨てて、無から考え立ち上がり始め、この身体と生命だけは残ってわが手にあるのではないですか、私も同じだ、と呼びかけるようなところからしか、何かを共鳴させることはできないのではないかと思います。


「密葬」 「現代詩手帖」2011年5月号から。
須藤洋平 (宮城県本吉郡南三陸町在住)1977年、宮城県生まれ。早稲田医療専門学校東洋医療鍼灸学科卒業。1987年、小学校4年の時にチック症が始まる。1989年、中学校入学。チック症がエスカレートしていく。2002年、東北大学病院にて、トゥレット症候群と診断される。この頃より、詩を読み、書き始める。現在もトゥレット症候群に併発した根の深い神経症からくる鬱病と闘病中。2007年、第12回中原中也賞受賞。

Pearl Primus 1919-1994 トリニダード・トバゴ生まれ。マーサ・グレアム、ドリス・ハンフリーらにダンスを学び、教育社会学、人類学を学ぶ。カリビアン及びアフリカンダンスを芸術的価値のあるものとしてアメリカの観衆に紹介することからダンスのキャリアをスタートさせた。”Strange Fruit”は、1943年初演。

奇妙な果実
(きみょうなかじつ、原題:Strange Fruit)は、ビリー・ホリデイのレパートリーとして有名な、アメリカの人種差別を告発する歌である。原詩はルイス・アラン。この曲が書かれたころ、まだアメリカ南部では黒人をリンチにかけて首を縛り、木に吊るし火をつけて焼き殺すという蛮行がしばしば見られた。「奇妙な果実」とは、木にぶら下がる黒人の死体のことである。「奇妙な果実」は、ニューヨーク市ブロンクス地区のユダヤ人教師エイベル・ミーアポル(en:Abel Meeropol)によって作詞・作曲された。1930年8月、彼は新聞でトマス・シップとアブラム・スミスという二人の黒人が虐殺されている場面の写真を見て衝撃を受け、これを題材として一編の詩「苦い果実(Bitter Fruit)」を書き、「ルイス・アレン」のペンネームで共産党系の機関紙などに発表した(ミーアポルはアメリカ共産党党員であり、フランク・シナトラのヒット曲を生みだすなど作詞・作曲家ルイス・アレンとして活躍する一方で、ソ連のスパイとして死刑になったローゼンバーグ夫妻の遺児を養子として引き取るなど、社会活動も精力的に行った)。

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2017年4月 2日 (日)

センバ・サウンズ#2 大塚勇樹/Molecule Plane

センバ・サウンズ#2は、様々な音楽雑誌で絶賛されたデビュー・アルバム『Acousticophilia』をリリースした電子音楽家・大塚勇樹、待望のソロライブ。前半は新作を含んだアクースモニウム・ライブ、後半はダンスに渋谷陽菜を迎えて、身体表現とモジュラー・シンセによるセッション。ポストパフォーマンストークではサウンドアーティストの有馬純寿を迎え、多面的に彼の個性を掘り下げます。

出演:大塚勇樹/Molecule Plane(音楽・演奏)
ゲスト:渋谷陽菜(ダンス)、有馬純寿(ポストパフォーマンストーク、帝塚山学院大学准教授)

予約・前売 ¥ 2,500  当日 ¥2,800
アーティスト(卵含)割 自己申告で ¥300引!

ご予約・お問合せ kuart@ahk.jp 当日のみ 090-9862-6510

主催:KArC(上念省三)/ディクレション:檜垣智也/協力:歌一洋建築研究所、MUSICIRCUS

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Texture of the Hour (KU Art Cafe vol.4)

昨年もステージ空でソロ作品を出してくれた斉藤綾子さんが、今回は大阪芸術大学の同期生と3人でするダンス作品です。
ステージ空の3つの階層、3人のダンサー、がどのように入り組んだり、響きあったりするのか、とても楽しみです。
各回の定員が20名前後ととても少ないので、事前にご予約ください。
出演(ダンス):大東紗、辻史織、斉藤綾子
演出・振付:斉藤綾子

チケット:前売2000円、当日2500円
     25歳以下各200円引

開演:28日19時 29日13時・7時
   開場は15分前

ご予約・問合せ:kuart@ahk.jp
        090-9862-6510(当日のみ

会場:ステージ空 大阪市中央区博労町1-7-11
    地下鉄堺筋本町駅3番出口から南徒歩約4分

主催:SEMBA KArC(センバ・カルク)
協力:歌一洋建築研究所、斉藤DANCE工房

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2017年1月 2日 (月)

センバ・サウンズ#1開催(現代音楽のコンサート)

ステージ空で現代音楽の新シリーズ「センバ・サウンズ」を開催します。

第1回は永松ゆか、炭鎌悠のお二人によるアクースモニウム・ライブ。

ディレクターの檜垣智也さん(作曲家)とは、ダンスの時間最終回「豊饒の海」でご一緒した時からで、かなりとんがったライブが展開されることと思います。

定員が少ないので、お早めにご予約ください。ご予約・お問合せkuart@ahk.jp

日時:2017年2月26日(日) 14:30start (14:15open)

会場:ステージ空(Stage KU)
〒541-0059 大阪市博労町 1-7-11 空の箱 1F  http://www.stage-ku.com/ 地下鉄「堺筋本町」駅 3 番出口から南、徒歩約 4 分 堺筋本町交差点から南、やよい軒さんの角を左折 

日連絡先090-9862-6510 上念

料金:予約・前売¥2,000 当日¥2,300 定員35名程度
 ♫♬アーティスト割引 各¥-300(自己申告、「卵」含む、ジャンル不問) ※このひとときが音楽と、美術、ダンス、演劇、建築、写真、言葉…様々な表現との出会いの契機となることを願って、「アーティスト割引」を実施します。

ご予約・お問合せkuart@ahk.jp

※ ポストトークのゲストは、http://jonen.txt-nifty.com/dnp/ で発表します

関西で話題の先端的な音楽を紹介する「センバ・サウンズ」が、南船場のアートスペース「ステージ空」ではじまります。毎回2名の新鋭サウンドクリエーターによるアクースモニウム・ライブとポストトークで個性を掘り下げます。ゲスト:泰子興業ほか

炭鎌 悠 SUMIKAMA, Haruka
2009年、Contemporary Computer Music Concerts 2009(主催:ACSM116、東京日仏学院) MOTUS賞受賞。2010年、第2回国際サウンドアートコンテスト(主催:スペイン国営放送局)最優秀賞受賞。2012年、大阪芸術大学大学院博士課程(前期)修了。2016年、インプロビゼーションユニット「salbattle」に加入。主に具体音を用いた音響作品の制作およびライブパフォーマンスを行う。

永松ゆか NAGAMATSU, Yuka
大阪府生まれ。楽音、騒音、電子音を含めた全ての音を素材とし、ミュージック・コンクレートを始めとした楽曲制作を行う。2013年Contemporary Computer Music Concerts 2013にてACSM116賞にノミネートされ、FUTURA賞を受賞。2013年プレスク・リヤン賞入選。国内のみならず、フランスやイタリアでも作品が上演されている。2017年6月にはファーストアルバムのリリースを予定している。大阪市在住。

主催:KArC(上念省三) 
ディレクション:檜垣智也 
協力:歌一洋建築研究所、MUSICIRCUS

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※ アクースモニウムとは、スピーカーのために作られた電子音響音楽(テープ音楽、ミュージック・コンクレート/アクースマティック、電子音楽など)をコンサートで発表するための多次元立体音響装置である。1974年にフランスの作曲家フランソワ・ベルが発案し、ドゥニ・デュフールとジョナタン・プラジェによってその演奏法が確立された。コンサート空間に自由に配置された複数(通常は16個以上)のスピーカーを、ミキサー上のフェーダー操作することによって、様々な音響空間が自由に表現できる。
http://musicircus.net/ih-plus/acousmonium.html

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2016年12月31日 (土)

ステージ空のKArCで現代音楽の新シリーズ

「センバ・サウンズ』と題して、檜垣智也さんのディレクションの下、現代音楽のコンサートを展開していきます。#1は、炭鎌 悠、永松ゆかのお二人をフィーチュア。

アクースモニウムの奥深いサウンドをお楽しみください。
関西で話題の先端的な音楽を紹介する「センバ・サウンズ」が、南船場のアートスペース「ステージ空」ではじまります。毎回2名の新鋭サウンドクリエーターによるアクースモニウム・ライブとポストトークで個性を掘り下げます。
日時 2017.2.26 (SUN) 14:30 START (14:15 OPEN)
会場 ステーシ゛空 Stage KU
料金 予約・前売 \ 2,000  当日 \2,300 アーティスト(卵含)割 自己申告で \300引き!
出演 炭鎌 悠、永松ゆか、泰子興業(ゲスト)、ほか
トークゲスト 未定
ご予約・お問合せ kuart@ahk.jp   当日のみ 090-9862-6510
炭鎌 悠 SUMIKAMA, Haruka
2009年、Contemporary Computer Music Concerts 2009(主催:ACSM116、東京日仏学院) MOTUS賞受賞。2010年、第2回国際サウンドアートコンテスト(主催:スペイン国営放送局)最優秀賞受賞。2012年、大阪芸術大学大学院博士課程(前期)修了。2016年、インプロビゼーションユニット「salbattle」に加入。主に具体音を用いた音響作品の制作およびライブパフォーマンスを行う。
Img_sumikama
永松ゆか NAGAMATSU, Yuka
大阪府生まれ。楽音、騒音、電子音を含めた全ての音を素材とし、ミュージック・コンクレートを始めとした楽曲制作を行う。2013年Contemporary Computer Music Concerts 2013にてACSM116賞にノミネートされ、FUTURA賞を受賞。2013年プレスク・リヤン賞入選。国内のみならず、フランスやイタリアでも作品が上演されている。2017年6月にはファーストアルバムのリリースを予定している。大阪市在住。
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主催:KArC(上念省三)  協力:歌一洋建築研究所、MUSICIRCUS

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さなぎダンス#10は、2017年2月です

障害のある身体と障害のない(?)身体を同じ空間で観ることのできる稀有な体験、「さなぎダンス」の次回は2月の開催です。
お誘いあわせのうえ、ぜひお越しください。
出演は古川友紀+出村弘美、GyaaaO!、松尾大嗣+小林加世子(劇団態変)の3組。
開演:2月4日19時、5日13:30・17:00
料金:一般前売2000円、当日2200円
    障害者及び介助者/25歳以下:1500円(前売・当日とも)
定員各回30名程度、お早めにご予約ください。
会場:メタモルホール(JR東淀川駅東口徒歩3分)
ご予約・お問合せ:劇団態変 Tel/Fax:06-6320-0344
    taihen.japan@gmail.com

UraOmote

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