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2005年9月21日 (水)

大巻伸嗣展ECHOES INFINITY

 東京に行くと、必ず資生堂ギャラリーとHouse of Shiseidoに行く。ギャラリーではたいてい相当レベルの高いコンテンポラリーを観ることができるし、Houseは資生堂の宣伝美術の粋を総覧できたりするのが、多少のノスタルジーの満足もあって気持ちいい。何よりも、その空間の居心地のよさ、なんとはなしの高級感に身を包まれるのが心地よい。
 ギャラリーの大巻伸嗣展「ECHOES INFINITY」(2005年8月23日~9月25日)は、まず降り口の階段の途中から、吹き抜けの会場に天井を作るような格好で薄く白い布が張りめぐらされているのに驚き、その向こう側に鮮やかな色が透けているのが見えて、ずいぶん強い世界を創る人だなと感心。降りると、床に貼られたフェルトのような柔らかい布の上に顔料(岩絵具)で描かれた鮮やかな花々が、踏みしだかれて(という言葉、ぼくが思いついたと思っていたら、ちゃんと資生堂のPRペーパー「万物資生」12号の紹介文に使われていた。釈迢空の短歌「葛の花 踏みしだかれて 色あたらし この山道を行きし人あり」からですね)かなり曖昧になったような情景を見ることになる。
 結果的には踏みしだかれた花々は色あたらしくなるのではなく、どんどん曖昧になり、ぼけていき、果ては何がなんだかわからないものになるだろう。会場の一角は、そのフェルトの上を透明のアクリルで覆っていて、元の姿が見られるようになっている。元の姿と今の姿が対照的に提示されることで、変化(もちろんそれは意図されたものだが)が明確化、明示される。
 このインスタレーションが、作品として完成するのはいつなのかということを考えると、会期の終わりに、それこそ踏みしだかれた床面を写真に撮してよしとするのではあるまい。インスタレーションとして空間を構成し、観る者がその上を歩くという行為を強いる以上、その行為の一回ごとに作品が成立していると見た方がよいだろう。
 それは大きく、作品を「踏む」ことの抵抗や面白さにあるはずだ。新雪を踏むような最初の鑑賞者は、ずいぶんと大きな抵抗や躊躇があったことだろう。その感情、感覚を含んだ上で成立する作品。踏まれる前と踏まれた後の対照が一望できる、時間の経過と行為の結果の視覚化ということも含めて、ひじょうにわかりやすい形でインスタレーションというものの魅力を表わしたものといえるだろう。

資生堂ギャラリー http://www.shiseido.co.jp/gallery/html/

大巻伸嗣個展 http://www.gaden.jp/info/2005/050822/0822.htm

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