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2007年4月26日 (木)

VsOP「リフレイン・リフレイン」 3/2

VsOP「リフレイン・リフレイン」 3月2日 ロクソドンタブラック

 高校演劇部の仲間3人、女子1人と男子2人。女子が脚本を書いていた卒業公演は仲間内での合意が得られず頓挫、卒業後東京へ出た女子は芸能界入りし、テレビにも出たりしているようだが、思うところあってその卒業公演に予定していた作品を上演しようと、戻ってきた。3人が再会する居酒屋から劇は始まる。
 早速、演出の純一(岸田宙哉)の偉そうなしゃべり方が鼻につく。そういう役にしているのだから、悪いことではない。大輔(佐藤哲也)は、昔からそれを止めたりなだめたりする役回りらしく、朴訥そうな雰囲気で好感の持てる青年。ウォーミングアップのシーンでは意外にからだが柔らかいことに驚かされる。薫(赤阪千明)は無邪気で可愛いヒロインタイプ。この3人が主要人物だから、お決まりの三角関係で誰かが身を引くというような話になるのかと思ったら、気になるシーンのあとで突然薫が顔を押さえてうずくまる。「ごめん、…あと、もうちょっとだけ」と呟くように祈る薫。この倒れ方から、身体性の疾患の発作で、それが劇を進めていくのかと思われたのだが、のちに新しい事物が覚えられないという記憶障害であることがわかる。
 さて、劇や映画にとって、主人公の悲劇、しかも難病というのは、注意して取りかからなければならない強敵である。結核やガン、『愛と死を見つめて』の骨肉腫、『ある愛の詩』の白血病など、それに続く二匹目ねらいがあまりに安易に使われる設定であり、辟易としていると、実世界で夏目雅子や本田美奈子といった人たちが本当にたおれてしまったりする。やりきれない現実である。記憶に関しては、若年性アルツハイマーの『明日の記憶』をはじめ今文学的には旬の難病だから、それを提示された時点で、「あぁ」と白けられてしまうおそれがある、難しいテーマだ。劇はそれをどう乗り越えることができるか。
 彼らはそれを、一つは演劇に求めた。劇を上演するという劇を設定することによって、自分たちと観客にリアリティを与えようとしたわけだ。そしてタイトルにもなっているように、訴えたかったメッセージは、君が忘れても忘れても、何度忘れようとも、ぼくたちは何度も何度も繰り返して、君が忘れる暇なんてないほどに繰り返していくよ、ということだ。
 そのことが純一の口から発せられた時点で、この劇は終わっていてもよかった。それを受ける薫のセリフ「かなわないな、ホント…」は、いかにも軽かったし、単純に溶暗に入る照明は、残念だった。そのあとの展開については、評価が分かれるだろう。劇は5度目だかの再演となり、男子たちもそれなりに演劇界で評価されているようだ。薫はすっかり笑顔が戻り、以前出演していたテレビドラマの監督と結婚、そして劇中劇の主役キャシーとして登場する。病いは癒え、劇もメンバーも評価され、一点の曇りもないハッピーエンドである。
 彼らはこの劇をハッピーエンドにしたかったのだ。人は忘れる。病いでなくとも。それは『ノルウェイの森』で村上春樹がいやというほど強調している。しかし彼らは忘れたくなく、忘れられたくない。そこで、忘却という現象を記憶障害という設定によって急激なものとし、演劇という自分たちの近い過去と現在の最大事と絡め、記憶障害をストレスによる一過性、心因性の状態として治癒させることで、決定的で不可逆的な悲劇となることを回避した。それが場当たり的であろうが、多少の無理があろうが、彼らの祈りの気持ちによるものであって、その祈りの強さによって劇は歪みや撓みを持ったわけだ。
 ぼくはこのような祈りを抱えた劇を作ることそのものについて、まずは高く評価したい。その上で、いくつもの注文を付けたい。
 まず、にもかかわらず、基本的な劇のトーン、空気が定まっていなかったことは痛恨だ。ぼくが観たのは初日だったので、回を重ねるごとによくはなっただろうが、役者たちにその役や舞台の居心地が悪そうに見えたのは、いただけない。技術的な自然な演技云々ということもあるだろうが、劇の目的やゴールといったものが共有されていたかどうか、疑問に思えてしまうのだ。
 また、ちゃりと言っていいのか、「パッショーン!」とかアッチ向いてホイ!で笑わせようとするところについては、有効に機能したとは思えない。もしこのシーンで岸田と佐藤が非常にうまく面白く演じて、大いに笑いを取ったとしても、それがこの劇にとって有効に作用したとは思えない。ここで「大輔って案外三枚目キャラ?」という人物像が提示されたとして、それを劇の中ですくい取り回収していかないのでは、意味がない。劇に夾雑物が必要なことは理解できるが、その集積が何ものかにならなければ、無駄でありマイナスである。
 劇中劇はシェイクスピアの味わいもあり、椿小路(福本竜平)の思いきった演技もあって楽しかったのだが、作者である薫が自らの病いにふれるような結末にしたことについて、純一が自明のように否定するのは理解できない。作品の中に自分を反映したり落とし込んだりすることが、なぜこのように全面的に当然のように否定されることなのか。それはただ単に、演出家としての純一がこの作品を客体視できなくなるというだけの問題であって、高校の卒業公演の失敗の時点から何一つ変わっていないことを露呈してしまっているだけである。
 どれほど重点が置かれていたかどうかわからないが、実は純一と大輔の友情の描き方が、さりげなくしゃれていて、見事だった。大輔は純一の性格をよく知っていて、わざと挑発して怒らせることで行動するように仕向けたり、二人が同時に電話をかけるから話し中になってしまうというすれ違いを見せたりとか、本人たちが意識している以上に、欠くことのできない友情なのだと感じさせた。
 最後に薫がこの二人ではなく、ドラマの監督と結婚しているというのも、二人の薫への淡い恋情に幕が引かれることを回避し、三人の友情が続いていくという祈りを現実化したものだ。甘いと言えば甘いかも知れないが、こういう甘さは不愉快ではない。 

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コメント

はじめまして。
V.s.O.P「リフレイン・リフレイン」にて脚本と純一役を兼ねていた岸田です。

間が空いてしまいましたが、本作に関する詳細なレビューと感想、まずはありがとうございます。
戯れに自分の名前で検索してみて、ビックリしました。

考察の半分くらいも、全く気がつかなかったことばかりで驚きました。
自分、シェイクスピアなんて読んだことも無いんですよ。
意図していたのは、純一と大輔の友情くらいですかね。

ラストのシーンは、色々と思うところがあります。

まず僕は起承転結がハッキリしていて、しかもハッピーエンドな芝居が好きなので(作り物の中でくらい幸せにしてあげたいじゃないですか)、あんな蛇足をしてしまった部分はあります。

エピローグというか、「その後、彼らは」みたいなのも大好きです。

しかし、方々から「お前の台本は説明くさい」「くどい」という指摘を受けていて、自分でも書いていて「こいつらの人生楽そうだなぁ」とは思います。

あえてお客さんの想像に任せたり、解釈の分かれるタッチにするのも手だったかもしれませんね。特に薫の病気に関しては。

台本に対する純一の接し方などは、アンケートにも書かれなかったし周りからも言われなかったことなので、盲点というか、非常に参考になりました。


長々と失礼しました。基本話が長いのが悪いクセなもので…
本当に、ありがとうございました。

投稿: 便宜上岸田宙哉 | 2007年5月24日 (木) 10時29分

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鈴木 保奈美(すずき ほなみ、1966年8月14日 - )は、日本の元女優。本名、石橋 保奈美(いしばし ほなみ)。旧姓、鈴木。 東京都大田区出身。 ホリプロに所属していた。 [続きを読む]

受信: 2007年4月26日 (木) 12時51分

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