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2007年5月11日 (金)

プラズマみかん「田中山君の白いうさぎ」4月21日

プラズマみかん「田中山君の白いうさぎ」4月21日 ロクソドンタ ブラック

 あまり後味のいい作品ではない。主役の女性漫画家が、あまりにわがままでいい加減なことに、最後まで共感できない。それはぼくの個人的な趣味嗜好によるのかもしれないが、まあ開き直れば、ぼくも決して観劇初心者ではないので、ある程度の広さのストライクゾーンは用意しているつもりだ。ぼくが共感できないということは、半数ぐらいの観客が主役の造型に対して「?」のまま帰ってしまったのではないかと思うのだが、どうだろう?
 劇の中心となるのは、今はコミケで自費出版を出している程度の漫画家志望の3人。発表される作品は3人の共作という建前になっているが、実は一人本条楓(室屋和美)という自分勝手に見える作家が独裁的な立場にある漫画家集団である。いつも意見を言いながら取り上げられず、不満を押し殺しているようで助手扱いされている塩谷理央(屋鋪柚佳)が、楓に却下された作品を一人で投稿し、それが入賞したことによって、この集団は破綻する。他に普通の高校生・町田厚(的地厚)、不登校の高校生=ストーカー(近藤和輝)、本条とストーカー高校生の出会い、本条の妹・幸子(米山真理)の勤め先でのトラブルなど、様々な、どちらかというとありふれた、淡々とした感じのストーリー展開となっておかしくないのだが、異彩を放っているのが、詮じるところ、タイトルどおりではあるが「田中山君」である。
 実はタイトルの「田中山君」は、この劇の中であまり明確で固定的な存在ではない。町田と同級だが入学以来不登校でまだ会ったこともないという高校生。また楓に絶え間なく手紙を書き続けているファン。さらにそれは、楓たちの部屋の壁にかけられたオブジェ風のウサギのレリーフに付けられた名でもあり、その壁の向こうに住んでいると信じられている、楓の憧れのまだ見ぬ「田中山君」のことでもある。このような曖昧さ、不可視性が最後まで続いたほうが、面白かったのではないかと思う。
 実際の劇の登場人物の中では、少なくとも途中までは曖昧にされていて、刹那という役名の、しかしセツナなどと呼ばれることのない、いかにも不気味で変質者然としたストーカーが、田中山君なんだろうなと思われるようになっている。刹那と名づけられているこの男は、目つきの悪い不気味な盗撮者として現れる。楓たちの室内を盗撮したり、ゴミ袋をあさったり、盗撮した楓の「どアップ」の写真を郵便受けに入れたりと、立派な犯罪者ぶりである。
 そんな彼が、堂々とドアチャイムを鳴らして楓にファンレターを渡すことによって、存在が明らかになり、楓とラブラブの関係になる。うがった見方をすれば、ここでも彼が「田中山君」かどうかは、楓らがそう決めつけているだけのようにも思える。その直後に理央が投稿した作品が優秀賞だかに選ばれていたことがわかる。様々なものが崩壊することの始まりである。富永は理央を「裏切り者!」とののしるが、観ている側としては、理央にほうに分があるように思えてしまう。
 つまり、全編を通じて、楓のわがままというものに、どれだけの説得力や魅力があるとしたかったのか。創作過程での独裁的な仕切り方や態度、都合が悪くなると吐いたり「田中山君」と名づけられたウサギのレリーフに依存しようとする姿、田中山君らしきファンの出現によって異様なほどに化粧をして上気して出かけようとする姿、それらの醜悪さ(と呼んでかまわないと思うのだが)に、それでも掬すべき人間の真実が珠玉のごとく現れてくる……舞台の上にはそのようなものを求めたいのだが、この劇ではかなり徹底的にそのような「美」は排除されていたように思う。逆に対比で言えば、理央の耐える姿や、ぎりぎりで叛旗を翻すような行為に、非常に強い説得力やリアリティがあり、魅力的に思えたということだ。
 こういう言い方をしていると、結局は好悪の問題でものを言っているようで不安になるのだが、この本条楓という人物造型に、もし可能性があったとすれば、わがままで自分勝手な中にも何らかの愛らしさが仄見えるような描き方をすることだったと思う。田中山君とのラブラブな姿の中に、それを期待することはできたと思うのだが、過剰な化粧の不気味さが、それを遠くへ押しやった。
 こういう想像はあまりすべきではないのかもしれないが、もし、楓を屋鋪が、田中山を的地が演じていたらどうだったか。つまり、不気味で異常なところのあるこの二役を、比較的には普通な感じの役者に当てていたらどうだったろうという夢想である。そしてもう少し構成をシンプルにして、普通に見えた彼らがあるところから急に変質していくような劇であったら…と。あるいは、話は一層逸れるが、町田が実はストーカー行為をしていたとか。
 いくつかの、あまり主筋と絡みのない脇筋の一つに、駅前のスナックで働いている元村あみ(尾上好美)の物語がある。ちょっとコケティッシュで胸の谷間もあざやかな気になる存在の彼女は、自称オミズのコリアン。登場人物の中での人間関係の脈絡がややたどりにくかったのだが、漫画家集団のもう一人の助手格である富永亮太(下村唯)と交友があり、部屋に出入りしているところを幼なじみの町田と出くわす。町田が懐旧の念からかちょっとした意地悪でか(町田としてはおそらく前者。しかし微妙)、「お前、いつも鉛筆折られてたじゃん! ヨソ者!ーって」とみんなの前で言ったことに対し、「今あなたのやったことは、筆箱叩き割るよりひどいことなんだよ」と言い放つ。
 他の作品について書いたときにも同じようなことを指摘したのだが、町田があみをほとんど無意識的に、差別から守ろうとすることによって逆に差別の闇の中へ放り込むようなことをしてしまう結果になったのは、非常に深く重いテーマだといえるのだが、この劇の全体の流れの中では脇筋の一エピソードに過ぎなかったように思え、残念だった。この挿話を加えることによって、逆に町田という人物の性格づけは不明瞭になってしまった。町田に闇の部分があったとしたら、それをもっと効果的な方法で見せるべきではなかったか(だから、実は町田がストーカー行為を重ねていたという設定を考えてみたりするのだ)。
 また、漫画家集団の物語との関わりも、富永という接点はあるが、特に不可欠なものではなかったように思う。ユニークな男性観を持ってオミズの世界を泳いでいるチャーミングなあみを中心にして、もう一つの作品を創るほどの彫り込みが必要ではないかと思われた。作者(中嶋悠紀子)としては、登場人物すべてに、あるドラマを与えることが必要だということだったのだろうが、それにしてはこの存在、テーマは重すぎ、観客には消化不良のまま残ってしまった感がある。
 楓と幸子の姉妹が、父の暴力に苦しんでいたというエピソードも、幸子が保育所で園児に暴行を加えてしまったということへの伏線だろうが、やや唐突で重すぎる。多くの深刻さを盛り込もうとする意欲は買うが、事のついでに撫で斬りにするような結果になって、一つひとつの扱いがぞんざいになってしまったのでは、所期の目的を違えることになってしまうのではないか。
 ぼくの観た回は超満員だったせいだったかも知れないが、シモ手側、部屋への入口のドアの外のスペースがあまりに狭く、そこでの演技も結構あったのに窮屈そうだったし、カミ手の客席からは見えにくかったのではなかっただろうか。シモ手のハケ口もかなり狭かったようで、転換の時にゾロゾロと背中が見えたのは、やや興ざめ。カーテンをうまく使うなど、できなかったものか。シモ手奥に高台のような街の石段の踊り場のようなスペースを作っていたのは、舞台の中にいい遠近ができていたといえるだろう。それでもやはり窮屈な感じが否めず、ドア外スペースと合わせ、中心となる部屋のスペースを大きく取りすぎていたのではなかったかと思われる。

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