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2007年7月25日 (水)

彗星マジック「まぼろし楽団」

5月27日 ロクソドンタブラック

 アコーディオン、ギター、ベース、リコーダー、ボーカル、そして指揮と、出演者による楽団の奏でる音楽によって進められていく、いわば音楽劇。だからその音楽の出来によって劇の印象が左右されてしまうということもあって、いささか微妙なことになる。ぼくが一番気になったのは、指揮者の身ぶり。確かにこれは難しかったとは思うが、膝を動かし過ぎていたように思う。
 残念だったのは、この楽団が静かな音楽を淡々と奏でるタイプの演奏をしたことだろう。静かさの中で、どうしてもあらが目立ってしまうのはやむを得なかった。さて、それでは、進行とともにそのあらを忘れさせるような流れをこの劇が作り得たかどうか、それを見ていくことが、この劇がどれほど観客を引き込んだかを測ることとなるだろう。
 この劇は、登場人物の数名の物語による連作短編のような構成となっていた。リコーダーを吹くアザミ(もりのくるみ。フリー)ら少女たちの「春笛」発見の物語。もともと鳥だったボーカルのキウイ(田村めぐみ。劇団製造迷夢)が、飼い主のユッカ(小永井コーキ。フリー)と引き離され、権力者によって声も美しさも奪われるという悲しい物語。…それらの物語が一つ一つ綴じられていくごとに、物語の謎が一つずつ解けていく。後にパウロという名であることがわかる青年(山本正典。フリー)が持っていたクシャクシャになったチケットは、かつてそこにあった楽団の最後のコンサートのチケット。ここは楽譜と音楽が流れ着く場所で、既に命を終えた楽団員が集まる場所であるという。彼らが一つずつ語る、戦争と人々の物語。固いつぼみが時間をかけて開いていくような印象の構成をもった劇である。設定や印象は優しく穏やかな物語のようなのだが、一つ一つの物語はアイロニーと悲劇に満ちている。雪深い常冬の小国で発見された「春笛」を奏でたところ、暖かな陽光が射して雪が融け洪水となり、その国は湖になってしまった、とか。
 それらの物語は、すべて一つの戦争によって生まれてしまったものである。そもそもその常冬の国が失われてしまったために、人々は新しい天地を求めて、戦さが始まったのだ。この物語の中心となるのは、ベース弾きの弟ムグラ(八木進。劇団どろ所属)と姉の人形作りで耳の不自由なヤマヒメ(西出奈々)の物語だろう。とても魅力的な物語なので、詳しく紹介したいのだが、複雑でもあり肝心なところを理解できていないかも知れないという不安もある。…姉は弟の演奏の相手にするためにアコーディオンを弾く自動人形(オートマタ)を作っている。それがアシタバ(木下朋子)だ。耳の不自由な姉だが、音楽がわかるらしく、弟の出演するコンサートには欠かさず足を運んでいる。両親を亡くして姉が細々と家業の人形作りを継いでいるようだが、生活は苦しい。やっと正団員になれるという弟のコンサートに行くにも、ドレスを売って入場券を工面する始末。弟はアシタバに、身の回りの物を売ってまでコンサートに来ないよう、お前からも言ってくれ、と懇願する。「もう、身を削らないで…」と。そうこうしているうちに、戦況が悪化、オーケストラのメンバーも軍隊に志願し、コンサートは中止になってしまった。弟は、向こうの軍隊を率いているのは、マエストロらしいから、コンサートホールは安全だとそこに残る。コンサートが中止になったことを知らない姉は、地面に耳をつけて銃声の響きを聴き「いい音…」と陶酔している。姉が心配になって弟が帰ってくるが、弟はアシタバを庇おうとして撃たれてしまう。姉が気づき、暗転。
 ここで劇の冒頭を思い出して重ね合わせると、パウロはこの姉ヤマヒメと三〇年間暮らしていたようで、劇の冒頭で別れを告げ、旅に出ていた。祖母の友人に会いに来たと言っているから、ヤマヒメの三〇歳になる孫ということになる。そしてこの旅は、時空を超えた旅である。「向こうの軍隊」とは、劇の序盤に出ていた常冬の国出身のまさに指揮者カタバミ(太田真紀。演劇ユニット明朗会計)が指揮する軍隊のことで、彼女は捕虜に「お前が音楽を人殺しの道具にしているカタバミか!」と非難され、自問しつつ、撃たれて死ぬ。このように、一つの戦争を様々な物語によって綴れ織りのように語ってきた。この語り口は静かでしみじみとしており、展開も美しい。ただ、そのわりには演技や発声が大きすぎるようなところが気になった。静かにしみじみと語ってほしかったところで、バタバタとしてしまって、やや興を削いだところがある。
 その三〇年間、ヤマヒメは孫のパウロに一つの音楽をオルゴールとして刻み込んでいた。アシタバにはそれが聞こえるらしい。それは、あの時にヤマヒメが聴いた戦争そのままの音だったのだ。人々からその音が忌み嫌われていたことの理由もそれで明らかになった。パウロは「なんで、ぼくを作ったの!」「ぼくは、忘れられなきゃいけないんだ!」と痛切に叫ぶ。戦争の音だから、嫌われて、揚句の果てには壊されて…という嘆きだが、その後それはそういう理由ではなく、それを壊すことによって誰かが悲しまなくなるならと思って壊した、本当は戦争の音楽ではなく、戦争によって亡くなった弟のことを思って作った音楽として世界に届けたい、という心情が吐露される。そしてカタバミに代わって新しい音楽を得たパウロが指揮者として、戦争によって失われた音楽を「心あるあなたに」届けよう、と劇は終わっていく。
 非常に複雑だが、美しい終わり方である。しかし、何か肝心なことを聞き漏らした、理解できないでいるような感覚は残っている。もう少し筋の運びを整理できなかっただろうかという思い。そして、せっかく複雑で複線的な物語が螺旋状に回転するような昂揚を示すのに、やはり演奏のシーンになると少し白けてしまったことを残念に思うという点。パウロの音楽がオルゴールという物に外化されていることについてのためらい。それらのことが残念な点としては残っているが、たっぷりした見ごたえと、大きく美しい物語を作ろうとした壮図、かなりの水準で実現し得た実力は、すばらしいものだと思う。
 キウィの歌声の美しさ、アシタバの存在感と愛らしさが強く印象に残っている。ヤマヒメの演技力もすばらしく、特に耳の不自由な人の演技はリアルだったが、ややリアルすぎるようにも思え、ある程度のところで様式化しておいた方がよかったようにも思えた。余計なことだが、開演前の前説が、やや過剰に思われた。

■『楽器別クラシック名曲集』

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