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2007年8月 6日 (月)

雨垂事典「Swan Song」

7/8  ロクソドンタブラック
 FMレインドロップという小さな局で、10年間番組を続けてきた看板DJせせらぎレイ(城越理江)がとうとう降板する。その最終日、降板を知って、放送局に乱入し番組ジャックを図る、せせらぎのコアなファンでリクエストマニアの鷲敷(中上潤)。アシスタントDJのお笑い芸人小尾(為房大輔。劇団ZTON所属)の喉元にナイフを突きつけ、スタジオをパニックに陥れる。一方、鷲敷の指摘やせせらぎの振り返りから、この10年間でディレクターの窪峰(大里秀一郎。劇団ショウダウン所属)の指導によって大きく成長したと思われるせせらぎの変化、失ったもの-簡単にいえば個性の喪失-が見えてくる。完全引退も考えていたせせらぎだが、もし続けられたら、今度は自分で考えて自分の言葉でやってみようと決意、瀬頭編成部長(徳岡あつろう)も早速企画を、ということで円満に落着。せせらぎの本当の自分の声、しゃべり方ってどんなんやったっけなぁ、というしみじみとしたモノローグが印象的なエンディングである。
 タイトルのSwan Songは白鳥の歌ということだから、瀕死の白鳥が最期に歌う歌の中に真実があるというような意味。せせらぎの最後の一日に発せられる言葉に真実があるということだったのだろう。
 大きな不満が二つ。一つは、冒頭から鷲敷が乱入するまで、つまり劇が本格的に回り始めるまでが非常に長く、しかもその間の役者のテンションがものすごく高くて、劇の向かっていく先がわからず、非常に不安だったこと。合コンの話題はまだ放送局の雰囲気としてわからないでもないが、出前の注文のディスコミュニケーションのネタは、どう考えても引っ張りすぎのように思えた。
 もう一つは、鷲敷が後半で倒れるのは、空腹で力が入らないからとかいう他愛ない理由になっているが、本当だろうか? それならわざわざ倒れる必要があったのだろうか。実は不治の病で、と言われてもシラケたかもしれないが、Swan Songというなら、それをせせらぎだけでなく鷲敷にもテーマとして与え、どうしても彼を倒すなら、彼は余命幾ばくもなく、最後にと入院先から抜け出してきたなどというクサい設定にでもすればよかったのではないか。ぼくの読み違いで、もしそういうドラマが背後に隠されていたというなら、FM局のDJオーディションに鷲敷が前向きに興味を示すのがおかしいことになるので、まず間違いはないだろう。
 にもかかわらず、この劇は深くしみじみと感動し、共感できるものだった。それには、せせらぎを演じた城越の端正なたたずまいの爽快感に大いにあずかっていたと言えるのではないか。周囲のすべての人間が喧騒を作り出し、喧騒の中でさらに大声で自己主張をしようとしているところに、彼女だけは鷲敷の指摘に耳を傾け、まさに文字通り自分の声を確かめるために、放送ブースを離れてトイレに隠れていた。その間に、スタジオではドタバタの大騒ぎが展開するのだが、一度も欠かさずせせらぎの番組を聞き続けてきた鷲敷が、せせらぎの本当の声を奪ったのは、窪峰の「指導」という名の個性の圧殺だったという告発がある。
 やや生硬なこの発言は、せせらぎ自身の窪峰への感謝、窪峰のせせらぎを今の形にまで成長させたのは自分だというやや傲慢な自負を受けてのものだが、すべてを聞くまでもなくせせらぎにはピンと直感したものだったし、最後は窪峰にも納得されるものだったようだ。
 もちろんこのテーマは、十分普遍的なものだ。役者でもショップ店員でも営業でも、仕事(役割)の声ができてしまうと、自分の声がわからなくなる。自分の声というものがあったことさえ意識しなくなる。せせらぎは、しばらくの休養の後、再び自分の声を取り戻そうとする。何だか勇気づけられるような結末である。
 一方、これまでひきこもり状態の何者でもない青年でしかなかった鷲敷は、アクシデンタルにせせらぎの代役のような形でDJをやってみることになり、オーディションを受けるよう勧められる。うまくいけば、鷲敷は晴れてDJとなり、…自分の声を失っていくことになる。本当は、それが大人になる、社会の一員となるということなのかも知れない。一度自分の声を失った者の内、何人が、再度自分の声を取り戻すことができるのだろうか…そこまではこの劇で語ろうとされてはいないように思うが、思い出せば、そのような感慨も持ってしまう。
 舞台美術は、排気口の傑作な仕掛けを含め、スタジオの機構をシンプルに作っていたとは思うが、ブースを隔てる中壁と機材で前列の端からは向こう側が見づらかったのではないか心配。
 役者では、窪峰の大里が、熱くエネルギッシュなギョーカイ人らしさをうまく出していた。ミキサーの江草(よこえとも子)が、誰彼かまわず「合コン!」と叫ぶやや適齢期(そんなもんあるか?)を過ぎつつある男前ないい感じが出ていた。とはいえ、城越以外は、役者個々の魅力よりも、アンサンブルとしての勢いが、良くも悪くも大きくうねって舞台の波を作っていたといえよう。
 余談だが、いくつかのFM局でイエローキャブなどプロダクションが帯番組を持っていて、所属するグラビアアイドルがDJをやっているという現実を最近知って、結構驚いた。この芝居のように、何年も地味なDJが続けていた番組が、そういうグラビアアイドル(この芝居では焼酎ステラ(劇団ZTON所属)演じるMEGURI≒MEGUMI?)に乗っ取られるという事態は本当にあったのだろうなと思った。

■リーフモチーフキャッチ付カラークリスタルレインドロップネックレス

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