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2007年10月

2007年10月 7日 (日)

Act of Blood「miti」10月6日

 桃園会若手劇団員プロデュース 演劇ユニットAct of Blood 第1回公演 短編2作品上演。「フランク・ザッパ聴きながら」「ゴング」 於・ウイングフィールド

 桃園会の若手一同が出演するのではなくて、同劇団の文芸部の松本雄貴が作った戯曲を、桃園会の若手が、他劇団の役者にも声をかけたりして実現したプロデュース公演、という、おそらく非常に珍しい公演。空の駅舎から小寺修平、劇団ひまわりから濱奈美西林佐和子、フリーの溝口直幸が出演、桃園会からは寺本多得子樋上真郁、演出で森本洋史

 2作共に、少し深津篤史(桃園会主宰)の世界を思い出させるようなところもあったのだが、それも含めて、痛みと叙情性を具えた、なかなかいいお芝居だったと思う。「フランク・ザッパ…」のほうは、幼馴染の3人と、その内の1人の男コースケ(小寺)の中学か高校の同級生の大学生タケヒロ(樋上)という4人が登場する。コースケとヨーコ(西林。コースケと同棲しているらしい)の関係の痛さが、特に後半の軸になって、劇の密度をよく盛り上げた。
 始まりは花屋で働いているサヤカ(濱)にコースケがタケヒロを紹介するということだったので、コースケとサヤカがカップルなのかと思わせておくような仕掛けとなっているわけだが、そのわりには二人の会話に微妙な配慮と遠慮のなさが気になっていたら、案の定ただの幼馴染だったということになるわけだが、本当は過去にはこの二人にも関係があったのではないかとも思わせるような、もう一層の微妙さがにじみ出ている。台本にもよく描かれているのだろうが、乱暴な言葉のやり取りの中になんとなくかげりを感じさせる小寺と濱も、よく演じたといえるだろう。
 コースケとヨーコの痛さは、主にコースケのでたらめさによっている。自称天才ミュージシャンだが、おそらく特にどんな活動をしているわけではない。バイト先ではすぐにキレて、またクビになったらしい。ちょっとどこかに行ったかと思うと、あろうことか、ラリって戻ってくる。ところがそんなコースケに対して、ヨーコもタケヒロもどこか温かい眼差しで見ているようだ。しかしながら、その描き方は年寄りには優しいとかいったステレオタイプで、少々平板。
 一方、ヨーコがコースケの傷を舐め、自分もまた共にどうしようもない、サイテーであると言いながらカラカラと笑っている姿には、凄まじいものがあった。ヨーコもまたジャンキーのように見える。その前に、ヨーコがこの場所(ビルの屋上)に来た理由として、ここで全裸になって吹く風に身を任せ快感を与えてもらうのだという、ウソとも本気ともつかない告白が、その凄まじさを尖鋭化させている。この展開、設定は秀逸だ。ヨーコ役の西林が、自暴自棄的なやりきれなさを、視線や表情でうまく出しているのには、驚いた。

 「ゴング」は、同じ場所を舞台にし、2人の対戦を控えたボクサー(溝口、樋上)と1人の女性・透子(寺本)の物語。寺本は、小島(樋上)と高校の同級生で、高校時代、小島をフッタらしい。今は吉井(溝口)の恋人。吉井はかつて日本チャンピオンだったが、今はタイトルを失い3連敗。年齢的なこともあり、瀬戸際のようだ。小島は、右肩上がりの新チャンピオンで、初の防衛戦の相手に吉井を指名した。
 そのことや、妊娠、普段は警備員をしている吉井との将来への不安などで、透子は激しく揺れ動いている。この劇は、透子の揺れが主題であるといっていいと思うが、もしこの役を桃園会のほかの女優の誰かが演じたらどうだったかと想像してみると、寺本はもう少し端正でなくてもよかったように思うし、もっと振幅が、たとえほんの少しだけにせよ、あったほうがよかったように思う。そうできないところが、透子の透子たる所以でもあり、対戦を控えた吉井の吉井らしさでもあるのだろうが、それを突き破るような鋭角が、演劇の中でだから、見たかった。
 最後のセリフは、蛇足の気味があったように思う。劇作家は、台本に100%の完成を求めるのではなく、書かずに役者に最後の完成を求めればよいのではないだろうか。最後の場面の寺本は、それができていたように思うので、言葉はいらなかったように思った。
 

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