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2008年5月16日 (金)

「ダンスの時間」19 レティシア・セキト

(5) レティシア・セキト「A little bit of the body」

 鏡の前で両手を使って激しく顔を歪ませる部分、カラフルな衣裳でかわいい指遊びをする部分、そして床に藍色のスパンコールをまき散らし、わずかな光を浴びて、その上を全裸で転がりながら皮膚を鱗のように光らせるラストと、3つの部分から成る作品。
 長野出身でご健在のおばあ様が、70年ほど前に神戸移住センター(旧CAP HOUSE)を経て神戸港から出航したというセキトは、ブラジル在住の日系三世として、ブラジル移民100周年の記念行事に招かれて来日した。他の作品のタイトルからも、日系人としてのアイデンティティが、作品の重要なテーマであることが見て取れる。
P1010385  顔を歪ませるその激しさは、尋常ではない。痛そうで、跡が残るんじゃないかと心配なほどだ。「私のこの顔は、一体何ものなのだ?」と問い詰めるような手つきだ。自らの身体の一部であるはずの顔が、彼女にとって見慣れないものとして、異物として、激しく探る。背後に鏡を置いているが、それを見ることはしない。目で見るのではなく、指の感触によって探ろうとしている。目で見る認識ではなく、触覚によって、しかも自ら自傷的な痛みを伴いながら把握しようということなのだ。それは文字や言葉のレベルでの認識ではなく、根源的なレベルでの認識を行うことの必要性を自覚し、表明しているのだろう。
 続いてのシーンは、彼女によればある種のジョークであると言う。友人が作ったという華やかな衣裳を、その端を口にくわえたり、頭にすっぽりとかぶって手首だけ見せたりと、ある種の作法のような、ちょっとユーモラスな手順で身に着ける。中国語だと思われる遊び歌のような女声の音楽が始まると、両手の人差し指と中指を足のように操って、男女が遊んだり追いかけたりしているような様を指人形の遊びのように演じてみせる。指の遊びも微笑ましく、セキトの表情も非常にキュートなので、可愛らしくほっとするようなシーンである。
P1010431  しかし、ここにも一つのアイデンティティの陥穽が潜んでいたようだ。 ブラジルでは日系人が多いので、中国や東南アジアのものでも、みんな「日本の?」と思われるそうだ。だからこのシーンで中国の歌を使ったという。他者から日本のものだと間違えられているものを、あえて使うことで、わざと自分を誤解の中に置こうとしている。それを彼女は「ジョーク」だと言う。おそらくこの衣裳も、「キモノ」であるかと間違えられることがあるのではないか。
 これは二重三重のアイロニーだと言えるだろう。彼女は日本人ではない。この曲は日本の曲ではない。この曲は日本の曲だと思われている。彼女は日本人だと思われているのか。彼女はブラジル人だと思われているのか。ブラジル人とは何か。日本に来ると彼女は日本人だとは見られないだろう。……このようなズレを、いくつもいくつも、延々と挙げることができる。
 長い暗転の中、潮騒のような、砂が崩れるような、ザザッという音が聞こえる。わずかな光の中でようやく見えてくるのは、彼女の皮膚と、皮膚に張りついた青いスパンコールだ。光源に向かって、非常にゆっくりとにじるように進みながら、彼女は四肢を尾びれが跳ねるように床に打ち付け、ザザッとスパンコールを撒き散らす。人魚、を思い浮かべるが、その半人半魚の存在は、またセキトのアイデンティティと重ね合わされているのだろうと思う。
P1010443  このシーンでは、彼女の皮膚の輝き、スパンコールの光の反射の美しさが強く印象に残る。圧倒的な闇の中で、かすかに見える彼女の身体の動きは、何か非常な強さを持っていることが伝わってくる。なるほど、数mを進むために、彼女は、もしも人魚のようであるとすれば、足のない彼女は、どれほどの労力と痛みを必要とするのだろう。しかしそれ以前に、この深い闇から伝わってくるのは、激しく強い力…何かを求める激しい欲望のようなものだと思われた。
 作品の構成としては、簡潔な三部連作であり、各部分は暗転でつないだ、シンプルなものだ。しかし、作品全体の強さは並大抵なものではない。それは、一つのテーマの探求に、痛みとアイロニーがあり、激しい鋭さがあるからに他ならない。アイロニーを持つためには、冷めた客観化が必要であり、激しい鋭さを持つためには、孤独な沈潜が必要である。このように強い作品をセキトが持ってきてくれたこと、ここで上演してくれたことを、本当にうれしくありがたく思った。
 なお、セキトの出演は、ハイディ・S.ダーニングさんの紹介によるもので、外務省から日本ブラジル100年協賛事業の認定を受け、日伯協会に広報の協力をいただいた。深く感謝している。

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