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2008年6月

2008年6月30日 (月)

杏奈ダンスワークショップ

「ダンスの時間」Summer Festival 2008 のダンスのワークショップのお知らせです。大阪出身で横浜在住の杏奈さんのWS。

■杏奈・ダンスワークショップ
『身体と話そう/デタラメの海に飛び込んでみる』


■ 8月25日(月)17:30~21:00
   於・ロクソドンタブラック(大阪市営地下鉄・阿倍野駅1番出口すぐ)

 大きなテーマは「即興」、自由になることです。
 まず前半は、ウォームアップとして初歩的即興を試みます。
 そして後半のキーワードは『デタラメ』。
 何かをする時に勇気が必要になることがあります。
 それはそこに恐怖があるからでしょう。
 頭で考えてしまうと、それが行動の邪魔をすることがあります。
 それは「もしかしたら間違っているのかもしれない…」と
 考えてしまうからでしょう。頭で考えてしまうより前に
 デタラメの海に飛び込む勇気があったら…。
 可能性はもっと広がるのではないでしょうか。
 そこには正解も不正解もない…必要なのはアナタの勇気。
 重く考え込まず、軽く笑い飛ばすくらいの気持ちで
 是非遊びに来てください!皆様のご参加をお待ちしております!

□受講料 ¥3000
□定 員 15名(先着順)
□初心者・未経験者も歓迎
□申 込 ロクソドンタブラック
  Tel=06-6629-1118  mail=loxo@thekio.co.jp

■杏奈(あんな)■大阪府出身。様々なダンスを経験し、即興に目覚め、創作活動を開始。1999年より上京。振付家、ダンサーとしてオペラ、ミュージカル、映画そして他ジャンルのアーティストとのコラボレーション等、活動域は多岐にわたり、国内外において数々の賞を受賞。現在、新宿区にあるStudio Dansage主宰。若手の育成にも力を注いでいる。

(杏奈さんは24日16時・19時、「ダンスの時間」に出演されます。於・ロクソドンタブラック)

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サイトウマコト・ダンスワークショップ(8月12日)

「ダンスの時間」Summer Festival 2008 のダンスのワークショップのお知らせです。まず、サイトウマコトさんのWS。

■サイトウマコト・ダンスワークショップ
『クリエーション~与えられた動きを作品にする』


■ 8月12日(火)18:00~21:00
 於・阿倍野市民学習センタースタジオ(ベルタ3階)  

 まず、簡単な動きから始めましょう。
 その動きのイメージをつかみ、十分に理解できたら、
 音楽に合わせます。そして各自が変形したり、
 引き伸ばしたり、広げたり、速くしたり……
 いわゆるデフォルメをしていきましょう。
 最初の動きから、個々の動きがどんなふうに変化したか、
 展開のプロセスを、参加者全員で検証します。同じ始まりと
 異なる結果を楽しむことで、ダンスの見方ということにも
 つながってくるはずです。動き方と見方と、双方を
 意識することで、新しい世界が広がりますよ!

□受講料 ¥3000
□定 員 15名(先着順)
□初心者・未経験者も歓迎
□申 込 ロクソドンタブラック
  Tel=06-6629-1118  mail=loxo@thekio.co.jp

■サイトウマコト■1958年、福岡県小倉生まれ。
演劇を経て'77年よりダンスを始める。アメリカでのダンス研修の後、内外の著名な指導者の作品を踊り、好評を得る。'84年から自作を発表。斉藤ダンス工房(大阪)を主宰ジャズ、バレエ、コンテンポラリーのクラスを開いている。バレエダンサーへの指導やコンテンポラリー作品の提供でも評価が高く、ジャンルを横断して活躍している。

(8月16日には、サイトウ、佐藤玲緒奈と生田朗子が「ダンスの時間」で踊ります。13時、19時半、於・ロクソドンタブラック)

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2008年6月14日 (土)

京都・西陣スペースALS-D、始動!

京都|西陣 スペースALS-D、始動!
<オープニング企画第1弾>

※複数の友人・知人、尊敬する人たちが、このスペースの立ち上げプロジェクトに関わっておられます。ぜひ多くの人の力で、ささえ、盛り上げて生きたいと思います。

スペースALS-Dは、ALS患者 甲谷匡賛さんの生活の場に併設されたオープンスペースです。甲谷さんはALSにより声と手足の機能を失いながらも、自薦ヘルパーによる24時間態勢の介護で、独居生活を実現しています。24時間他人とともにある生活。その場を、さらに地域へ、社会へと開く例のない試みといえます。
 
ALS(筋萎縮性側策硬化症)は全身の運動神経が機能しなくなっていく神経難病で、その原因も治療法もわかっていません。病気の進行にしたがい、身体の自由がきかなくなり、次第に会話、食事、呼吸、まばたきさえも困難になっていきますが、感覚や頭脳は何ら冒されることがありません。家族の重い介護負担や、7割の方が人工呼吸器をつけずに亡くなるという現実の中で、終末期医療や安楽死の議論では、たびたびその名が取り上げられています。
 
甲谷さんは発病前、ヨガや新体道を学び、手技治療院を開いていました。施術の技のみならず、その身体観や思想性にひかれ、多くのアーティストが通っていました。発病した甲谷さんの支援者もダンス関係者が中心となっていたため、独居生活の話が持ち上がった時、ダンススタジオを併設して、ダンスやALSにかかわる様々な集まりのできるスペースにしようというプロジェクトが動き始めました。
 
まだまだ、まったく別々の文脈で語られることの多い芸術と医療・福祉ですが、甲谷さんの生き様をとおしてみると、「人が生きていく」という上では、どちらもたいへん身近なものに思えます。この小さなスペースが芸術や医療・福祉だけではなく、「人が生きていく」ことに関わるさまざまなことを考え、有機的、多面的に人々がつながっていく場となればと思います。

オープニング企画第1弾は、甲谷さん縁のアーティストの皆さんが、甲谷さんの生き方と新しいスペースの誕生を祝して集まってくださいました。動けない身体と踊る身体の共存。どうぞ、このささやかな、しかし、未知の可能性にあふれた新しい場のスタートにお立会いください。
                スペースALS-D/由良部正美、志賀玲子

7月12日(土)5:00PM
佐久間新|ジャワ舞踊と自然の関係を模索中
平岡秀幸|懐かしの紙芝居をやります
山田せつ子|即興ダンス『キザハシデオドルVol.25』
由良部正美|舞踏『燃えている手紙のようなからだの願い事』

7月13日(日)5:00PM
岩下徹|そこに在る音で踊る即興ダンス
きたまり|コンテンポラリーダンス『娘道成寺~ショートバージョン』
コマイナーズ|介護者文化旋風を巻き起こさんと企む音楽ユニット
新体道|武道を母体とするムーブメントです
ハイデイーS.ダーニング(舞)+野中久美子(能管)+サラ・ブレヤー(着物・扇)

7月26日(土)5:00PM
大西由希子|バリ舞踊 若き勝利者を舞う
坂本公成+小寺麻子|『朱鷺に寄せる哀歌』
ダイトウヒロコ|お芝居、詩の朗読、してます
花嵐(伴戸千雅子、古川遠、ニイユミコ)|踊りは未知なるカラダへの冒険

7月27日(日)5:00PM 
世界瀬戸際三珍獣(渡辺智江、つき山いくよ、辻野恵子)|『あける』
成瀬ヨーガグループ京都支部|甲谷さんが初代支部長です
ブリジット・スコット|舞踊と舞踏『会う』
プロジェクト・バーテンダーズ(砂連尾理)|コンテンポラリーダンス
ヤザキタケシ(アローダンスコミュニケーション)|甲谷さんも好きな三線で踊ってみます

1,000円 <各回50名限定>
 

予約・問合せ|spacealsd@gmail.com、シューツ&ルーツ 075-581-6236
       *名前、日時、枚数、電話番号をお伝えください。
当日問合せ|090-5155-3543(由良部)

ウェブサイト http://homepage3.nifty.com/spacealsd/

スペースALS-D
603-8225 京都市北区紫野南舟岡町38-23
○市バス(6,46,58,206)千本鞍馬口バス停から徒歩5分
○駐車・駐輪スペースはありません。

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2008年6月12日 (木)

【告知】狂言と落語のコラボレイト

先日、マイケル・シューマッハさんたちのダンス公演でお世話になった神戸学院大学で、また面白そうな公演が。

グリーンフェスティバル第267回
6月30日(月)17:00 開演
狂言と落語のコラボレイト --言葉を遊ぶでござる--

古典狂言から『魚説経』
  出演/松本薫、島田洋海
書き下ろし新作~落語小咄ごっちゃまぜ~ 作/帆足正規
  出演/落語・桂よね吉/狂言・茂山正邦、茂山茂

室町時代から人びとを笑わせてきた"狂言"と江戸時代から人びとを笑わせてきた"落語"。その二つがタッグを組んだ最強の笑いのコラボレイトが実現します。プログラムは、ベテラン松本薫さんが演じる駄洒落連発の『魚説教』。そして帆足正規さん書き下ろしの新作。ただし、新作はまだ稽古中。「桂よね吉さんと茂山正邦・茂兄弟がごっちゃまぜにからむ」らしいのですが、抱腹絶倒まちがいなし。ぜひ笑いに来てください。

入場無料
会場/神戸学院大学(有瀬キャンパス)メモリアルホール( 9号館 )
主催/神戸学院大学
後援/兵庫県・(財)神戸市民文化振興財団
参加/関西元気文化圏
インターネットホームページ http://www.kobegakuin.ac.jp/ 神戸学院大学 [生涯学習]

【お申込方法】
◎ ◎ 往復ハガキを使用してください。私製ハガキや2枚のハガキの貼り合わせは避けてください。申込者多数の場合は抽選になります。
  ・往信裏面に①公演日 ②公演名 ③住所 ④氏名 ⑤電話番号をご記入ください。
・返信表面にお申し込みの方の郵便番号、住所、氏名をご記入ください。
・返信裏面は空白のままにお願いします。
・1枚につき1公演、1名様のみのお申し込みになります。
・受付期間は各公演の1ヶ月前~2週間前(必着)です。(遅れる方は、上念までご一報ください)
・ 学齢期に達していないお子さまの申込および入場はできません。

【お申込み・お問い合わせ先】
〒651-2180(郵便番号のみで到着します)
神戸学院大学グリーンフェスティバル係
    電話078-974-6105(担当部署:広報・渉外グループ)

【交通経路と所要時間】
(1)JR「明石」駅より「神戸学院大学行」バスに乗車(約20分)
(2)神戸市営地下鉄「伊川谷」駅より「神戸学院大学行」バスに乗車(約15分)
(3)JR「朝霧」駅より「神陵台行」バスに乗車、終点下車後徒歩約12分
※お車でのご来場は固くお断りいたします。

『狂言劇場 その弐 野村万作+野村萬斎』

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2008年6月 7日 (土)

柳井愛一さんが亡くなった

 昔「JAMCi」(じゃむち)という演劇情報誌があった。1998年4月付けで最終号を出しているので、本当に10年一昔前のことだ。それが34号。1992年8月から5年余、34冊、よく続けられたものだと、今になれば振り返ることができる。

 その創刊メンバーの一人だったそうだが、そして一時期編集長という肩書きだったか、編集の中心に立っていたのが、柳井愛一さんだ。

 こんなラインアップの雑誌だった。18号に載っている「バックナンバー・記事紹介」から、最初の5号分。

(1) 特集/連続恋愛魔-関秀人★木村緑子 インタビュー/祝々亭船伝 蜷川幸雄“テンペスト”を語る '92高校演劇祭リポート 対談/市川明vs秋山シュン太郎
(2) Face/竹中直人 特集/夢~無意識下の欲望 インタビュー/三上寛 対談/川下大洋×かっぱ 海外リポート/アナザーグリーンワールド/維新派 加藤健一~牡丹灯籠を語る
(3) Face/加納幸和 特集/'93新春夢シバイ(わかぎえふ他) インタビュー/友部正人 VIEW/少年王者館 布施明|42丁目のキングダムを語る 対談/三上一郎×藤原孝一×小市慢太郎
(4) Face/嶋田久作 特集/旅公演の舞台裏 インタビュー/生瀬勝久 VIEW/劇団コーロ  インタビュー/石田長生 対談/ティシュ・アダムス×西野勝広
(5) Face/柄本明 特集/少年少女(松本雄吉他) インタビュー/唐十郎 パフォーマンス/M.グレイヴス×土取利行 祝祭仕掛人/古賀かつゆき

 ぼくが関わり始めたのは12号からということになる。当時「視聴覚通信」という自主制作の評論紙を出していて、それを送りつけて、何か書かせてもらえるとうれしい、と、ぼくの人生の中で本当に数少ない「売り込み」をしたところ、柳井さんから、ちょうどダンス関係が今面白くなってきているから、ダンスについて書いてくれるとうれしい、と連絡があり、「身体への眼」という連載を始めることになったわけだ。

 この時、柳井さんがぼくの「売り込み」に目を止めてくれなかったら、きっとぼくはダンスについて書き続けることにはなってなかったと思う。

 柳井さん自身、演劇はもちろん、ダンスを見る目も結構確かで(って言い方は失礼だけど)、何を観にいこうかとか、いろいろとアドバイスをしてくれたし、一緒に観にいったことも少なくなかった。大野一雄さんへのインタビューに同席してくれたことも懐かしい。トリイホールのサンルームのようなところで、あれは本当に緊張した。
 インタビューといえば、だんだん演劇についても書かせてもらえるようになった頃だったか、後藤ひろひとへのインタビューにもついてきてくれた。スペースゼロの別部屋だったかで、これもやりにくいインタビューだったが、まあ何とか済ませた。
 そういう時、柳井さんは、ほとんど口を挟まなかった。ぼくが少々おたおたしてようが、口から泡を吹きそうになっていようが、たまに何か言いたそうに「うー」とか「それはー」とやや高いトーンで間投詞のような呻きのような声を上げて、やっとヘルプが入るのかと思うと、そこまでだった。取材者としてのぼくの立場を最大限配慮してくれていたのだと思う。

 柳井さん自身は、けっこうインタビューが好きというか得意だったのか、あるいは予算の都合か、その頃の誌面には、インタビュー記事が多い。高田衛さんへの「四谷怪談」に関する電話インタビューが、ずいぶん大変だったことなど、後から聞かされて、こちらまで冷や汗をかいたこともあった。「四谷怪談」というのは18号の特集で、他にも露の五郎、川村毅、加納幸和、石丸有里子、武田一度へのインタビューが掲載されている。

 でもやっぱり「JAMCi」は決して経営的には順調ではなかったようで、今18号を開いていたら、'95年の7月に「リニューアル会議」というのが開かれたというメモが残っている。たしか福島の高架下かその近くで、ずいぶん大勢が集まって、「3年間の反省、問題点」(記事内容、ビジュアル、その他)、「今後のJAMCiのために」(新企画、特集、対象年齢設定、購買数拡大策)について話し合った。

 この時、なぜだかぼくは、結果的に柳井さんにあまり有利ではない発言をしてしまったことを、しばらくたってから気づくことになる。
 よく言われていたような、特集内容がペダンティックだとかいうようなことではなく、原稿の扱い方について、追い込みで組んでいくのは、独立した原稿として大事にされてみたいな気がしていやだな、というような、あまりに素朴すぎる感想を、不用意に口にした。
 特集内容について「批判」されることは、多少は覚悟していただろうが、そうでない部分についていちゃもんをつけられるのは、いやだっただろう。

 終刊の34号には、休刊に際して編集を担当した人たちからの言葉が寄せられている。柳井さんからのものを引く。

 ほとんど雑誌を作るということに対して無知なまま「じゃむち」に関わった。おかげで一時期かなり恣意的でわがままな特集が組めて、いろいろな人と会うことができた。その時々に出来上がっていった人々との関係は匿名のカミからもらった恩寵のような気がする。そんな機会を与えてくれた、じゃむちには感謝している。しかし結局自分は、雑誌作りのプロになれなかったようだ。途中で編集部を辞めざるを得なくなったが、その訳については今は語りたくない。
 最後までじゃむちを支え続けた現在のスタッフには心からご苦労様といいたい。僕がいたときよりもはるかに充実した編集スタッフたちだと思う。

 突然休刊を知らされた時に、ふと頭の中で鳴り響いた歌があるのでその歌詞を引用したい。

  生きることは哀しいよ
  生きることはさわぎだよ
  できることはしなきゃならないことなのさ
  しなきゃならないことをするんだよ
  だからうまくできるのさ  (ボブ・ディラン「雨のバケツ」)

 なんだか、じゃむちに対してではなく自分自身に向かってこんな古い歌を思い出したのかもしれない。
 ともかく終わってしまった。妙にあっけらかんとした寂寥感を感じている。でも終わりから始めていくのも一つのやり方だなと思う。

  彼は消尽する。あらゆる疲労の彼方で。
  彼は可能なことに(原文「の」)決別するのだ。
  「さらに終わるために」         (ジル・ドゥルーズ)

 可能性を失ったのちにしなければならないことが見つかるかもしれない。当分孤独な戦いが続くだろう? でもそれって、ちょっとかっこいいよね? もちろんこれは自分自身に向かってつぶやいていることでもあるのだけど!!

 何を引き写しているのだか、何だかよくわからない。部屋に残っていたメモのような、そんな錯覚に陥ってしまう。連絡がつかないので、心配した妹さんが部屋を訪ねたら、もう亡くなっておられたという。52歳だと聞いた。

 最近では、精華小などの小劇場ですれ違ったり、挨拶して二言三言交わすだけだった。さっき書いたような「引け目」のようなものがどうしても離れなかったことと、柳井さんの芝居に対する鋭い言葉に、圧倒されてしまうのを恐れてしまうこと、いつもガソリンを入れていい匂いをさせていた柳井さんの話が、ついつい長くなってしまうのを敬遠していたこと、等々、今できるのは後悔ばかりだ。

 編集者とかプロデューサーとかライターとかは、クリエイターに比べると、縁の下の力持ちとか、消耗品みたいなもので、たとえば劇作家や役者が写った写真がテレビや新聞で紹介されるときには、「左から、……(一人おいて)…」と一人おかれる存在だ。だからここに「JAMCi」のこと、柳井さんのことを、どうしても書いておきたかった。

 劇団態変の機関誌「イマージュ」最新号、42号掲載の「とても静かな祝祭空間について 物語論序説」が、柳井さんの「絶筆」になったようで、今日の会葬者に配られた。おかれる存在ではあるが、このように記し刻み、とどめることができた。「イマージュ」や「明倫art」「act」「劇の宇宙」など、様々な雑誌のページをめくれば、いつまでも柳井さんの眼ざしと語り口にふれることができる。もちろん実際の柳井さんのしゃべり口に比べれば、文字の柳井さんの方がずっと能弁で、整理できているわけだけれども、決して遠慮しない鋭い切っ先は、文字の上にも結構反映されている。

 今日のお葬式で、姪御さんだろうか、お別れを告げるのがどうしてもいやなようで、ずっとしゃくりあげ、最後のお別れというときにはお花を持って、いやだいやだと泣いていた。あの柳井さんが(失礼!)実はこの姪御さんにはずいぶんと優しい、面白い、楽しい伯父さんだったのかなと、それがずいぶん楽しく思えて、つらかった。
 その姪御さんも、もう少し大きくなったら、柳井さんの文章を少しずつ読んでみるといいですよ。伯父さんが、どういう目を持っていた人か、ちょっとびっくりするかもしれないですけど。

6月7日12:00 堺・中百舌鳥[西栄寺会館]で葬儀。

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