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2008年9月

2008年9月26日 (金)

「ダンスの時間」レビュー(5) 第2週(4)

Summer Festival 2008 第2週(4) 

 9月も半ばを過ぎたころ、神戸の栄町あたりにあるギャラリー開に行ったところ、ご主人から「ダンスの時間」で司会をされてた人ですよね、と声をかけられて驚いたのだが、そういえばアンサンブル・ゾネの岡本早未さんが以前ここで即興ソロを踊っていたのだから、第1週に観に来ていただいていたのだ。次週には岡登志子さんが即興ダンスを披露されるそうで、じゃあ宣伝しときます、と言ったものの、あんまりたくさん来たら入れませんね、と笑うことになった。
 岡さんは、芦屋市立美術博物館でもピアノの高瀬さんと即興をやったし、その前は国際美術館で内橋和久さんと。なんだか軽いフットワークでダンスへの間口を広げようとしているようだ。何かやらなきゃと言いながらぐずぐずしているわが身を顧みると、恥ずかしい。
 その数日前には甲南大学ギャラリーパンセの館勝生展のライブペインティングで田中美和さんや善住芳枝さんに会い、現代美術もダンスもなかなか動きがない状態やし、お互い何かせなあきませんね、などと言っていたし、確かにこのままではジャンルの内側で内輪だけの互覧会で終わってしまうのだ。その意味で、ジャンルを横断する形でのコラボレーションは、平凡な発想かもしれないが重要なことだ。

Ozawa_3  尾沢奈津子は、演劇関係に広い人脈を持っていて、主宰するN-TRANCE Fishの公演にも伊藤えん魔(ファントマ主宰)が協力・出演しているのをはじめ、しばしば2時間を越える長い公演全体に、はっきりしたテーマを設けて、ショー仕立てというよりはやや濃厚な物語性を与えている。演劇と接触するきっかけは、いくつかの劇団でダンスの指導をしたことだったかもしれないが、その要素を自分たちの公演の中に組み込んでいこうとしているのが面白い。もちろん、ラスベガスでも宝塚歌劇でも、ショーにおいては濃淡はさまざまながら、何らかの一貫性を保つために、テーマは設定されている。ただ、それらは歌詞やセリフという言葉によってテーマがいっそう追いやすいものとなるし、コンテンポラリー等のダンスでは、たいていそれに比べればわかりにくいとされている。尾沢は特段の気負いもなく、あっさりとその境界を踏み越えて、ダンスを楽しめればいいじゃないかとしているようだ。そのことで、多くの演劇関係者が、最初は自分たちの舞台への必要からダンスにふれ、中には後にダンスの魅力に開眼した場合もあっただろう。
 そういうふうに、おおぜいの共演者とともに、外に広がりを求める仕事に精力的に立ち向かう尾沢が、ソロを踊ったのが今年1月「ダンスの時間」18の「LEAVE」だった。そして7ヶ月後の今回が「LEAVE, 2」(笑)。
 行進曲のようなアニメソングのような勢いのいい曲が始まって、尾沢が体操か手旗信号のようなカクカクした激しい動きを繰り返す。既に汗だくである。その後、やや動きが小さくなって壁を伝ったりもするが、足の爪先で壁を探ったり、壁に体当たりしたり、床置きのスタンドの照明に突進したりと、動きは激越なものになっていく。
 前回もそうだったが、今回も後で話を聞くと、あまり踊っている最中のことは覚えていないらしい。憑依やトランスというようなものと同質なのかどうかはわからないが、激しく動くから覚えていないのか、覚えていない状態になるから激しく動けるのか。あるいは、激しく動くということと、覚えていない状態であるということに関係があるのか。そうではなくて、覚えていない状態でしかも動かないという状態もあるのではないか。
 尾沢を「ダンスの時間」に誘ったのは、簡単に言えば、カンパニーを背負うような形ではない尾沢の、素のダンスが見たかったからだ。自分の踊りのことだけ考えればいい状態で踊ってほしいと思って、声をかけた。前回はずいぶん緊張していたようにも思えたが、今回の特に夜の公演では、おそらく彼女のダンスの美点~勢いや思い切りのよさ、スピードと言った激しい面だけでなく、心細さや不安や、がんばって孤独な部分も含めたリアルさのすべて~が存分に発揮され、尾沢というダンサーが選ばれて(ぼくにではないですよ、言うまでもなく)舞台の上に立っていることのすさまじさのようなものがにじみ出ていたように思う。
 忘我の境地というとカッコよすぎるかもしれないが、小柄で金髪で案外キャリアは長くて、ものすごくよく動く身体と関節を外すようなユーモアを持っているこのダンサーは、踊っているうちに定められえた軌道から逸脱して、はじけ飛んで、どこかへ行ってしまいそうだった。何かと戦っているような動きが見られたのは前回も同様だが、今回はそれがいっそう内面化されているように思えた。ソロの20分間は、すべてを自分で創らなければいけないわけだが、そのことの大変さと楽しさを味わっているようでもあった。もちろん、冒頭の応援歌のようなもので、一つの世界を始めるきっかけはわりと簡単につかんでいるようだったし、それをラストにも置いたことで作品の両端をきっちり結んだのはよくある手法にも見えた。しかし、それをぶっ潰すような奔放で不定形な中盤であることが、非常にスリリングだったし、涙ぐましいほど必死で足掻いた果てに、また応援歌が流れてきて、疲れ果ててはいるのだけれど、また始めますか…と繰り返していくような流れは、シンプルながら、中盤の逸脱の激しさがなければ説得力を持たない。スケールの大きな作品だったと思う。
 
Rei  山田レイもまた、2回目の出場。前回の昨年のSummer Festivalでは「芭蕉精」という謡曲に材を採って変化(へんげ)する、トランス系の作品だったが、今回は「ありのままで~我が青春の1ペイジ」と、私語り的なタイトル。冒頭、中途半端な感じの照明の中、山田が現れない状態で、どうして要領が悪いのかとか、やることやってから遊べとか、叱責の言葉が流れる。かなり神経を逆撫でされる始まりだ。
 現れた山田は、ぼろをまとっているのか、蓑虫のようにいろいろなものを身にひっつけてしまっているのか、そういう衣裳で、打ちひしがれたような風体である。『ノバ・ボサ・ノバ』の乞食のような衣裳。今回山田は、少なくとも中盤までは伸びやかで美しい動きを封印し、蓑のように余計なものを身にまといすぎて身動き取れなくなった者のように窮屈だった。それが、彼女が青春と指すものが、どのような状態や時期のことをいうのかは知らないが、それについてのセルフイメージであったわけだろう。この作品の少なくとも物語的な意味での眼目は、その蓑のような衣裳を脱ぎ去って、目にも鮮やかな深紅のドレスに生まれ変わったことではなく、生まれ変わって舞台奥へ歩み去るのをいったん止めて、脱ぎ捨てた衣裳をいとおしむように抱きしめて去るというところである。
 山田は、作品について観客に説明することにおいては非常に熱心で丁寧なダンサーだから、今回も冒頭の言葉の使い方、衣裳の扱いに当たっては、おそらくほとんどの観客がその意味や意図を十分に理解できただろう。特に説明的な動きをとるまでもなく、抑圧された青春の自我が解放され、しかし古い自我をも包み込むように成長し、次の一歩を踏み出していくという作品の趣旨は明白だった。作品を創る上で、このような単純化と明確化は、必要であり重要なことだと思う。何よりも、それによって迷うことなくはっきりと身体が見えてくる。この作品でも、大柄で伸びやかな身体を持った山田が、四肢を縮めて窮屈そうにゴロゴロしているのは、大きなインパクトがあったし、重いぼろを脱ぎ捨てた後の姿は凛々しく、生きることへの迷いを振り捨てたような潔さが見られた。
 このようなことは、単純なことではあるわけだが、単純にするためにそのことに向き合う作業は、少なからず苦痛を伴うものだったに違いない。それによって、多くの人の共感を得やすいテーマを、ダイレクトに提示できたことの意味は大きいと言えるだろう。
 山田自身はこの作品について、急ごしらえの簡単な作品で、次はもっとちゃんとした作品をと言っていたが、あるいは急ごしらえのよさがシンプルさとしてあらわれたのかもしれない。ただ、冒頭に言葉で語られた内容の抑圧的な事柄は、本当に言葉で語られる必要があったのかどうか。ぼろのようにごちゃごちゃした衣裳を脱ぎ捨てるというだけで、同質のことは伝わったと思っていいだろうし、うまくいけばもっと広がりを帯びて普遍化できるだろう。

Kitamari_2  きたまりの「娘道成寺」は、アトリエ劇研で木ノ下歌舞伎の一プログラムだった初演を観て、力強さに感心した作品。天井から紅白の太い縄を吊るし、暗転の間によじ登ったきたを舞台監督がブランコを押すように揺らして、始まる。大きく揺れるきたは、時に壁に激突したりしながら(というのはアクシデントだろうが)、地上と空の間からスタートする。
 安珍・清姫の伝説や、歌舞伎舞踊の「京鹿子娘道成寺」を知らなければわからない作品ではないし、知っていてさかしらに原本との違いを言い立てるよりは、知らないほうがいいぐらいだろう。もし全く知らなければ、天から降臨した女が地上での暮らしでつらい目にあったりしながらも懸命に生きて、最後はまた天上に戻る、という物語にも読み取れる。ぼくはそれでも悪くないと思う。
 そんな解釈では物足りないと思う人は、清姫に見られたような狂気や変妖をこの作品の中に見ようとするだろう。確かに、先ほど「つらい目」と書いたように、サックス奏者(亀田真司)に踏みつけにされていったん引っ込んだ彼女が衣裳を替えて出てくるのは、単なるお色直しではなく、変化(へんげ)であると考えなければいけないところ。しかし、衣裳以外の変化を見て取ることは、率直に言って難しい。もちろん、全体を通じての衝迫力には鋭くすさまじいものはあるし、縄の扱い、限られた小さなスペースでの人形のような動き、サックス奏者による折檻のような場面、など見どころはたくさんあって、それぞれ作品の時間の流れや構成からいって大きな転換であるから、めまぐるしく飽きることなく見続けることができるのだが、動きの質や触感には、目立った転換は見られなかったように思える。
 もちろん、一人のダンサーが短い時間を踊るのだから、物語を帯びて美麗な姫が醜悪な夜叉に変わるといった役柄や外面の変化でもない限り、そうやすやすと根本的な変化など起きないかも知れないが、忘我や憑依やトランスということもそうなのだろう、時々目の前のものが他の何ものかになってしまうようなことが起きるのだ、舞台では。もちろん、毎回起きるわけではないかもしれないが、いつかそのようなことが起きた時には、冒頭の縄に揺れている女と、ラストで縄をよじ登る女は、全く別の相貌となり、この作品が本当に娘道成寺のような、伝説と呼ばれるような恐ろしい名作になるのではないか。幸い、きたはこの作品を何度も再演するようだから、できればその瞬間をこの目で見たいと、しみじみと思った。
 つまりは、それだけの入れ物を作り上げてしまったということだ。古典の力をそれだけ引き寄せたということでもあるのだが、それはその中で存分に奔放に遊び回ってもびくともしない構成を獲得しているということだ。

Murakami  村上和司は今回はRED MANではなく、白いシャツに黒いズボンと、高校生のような出で立ちのソロ。「じんあい(仮)」というタイトルは、さまざまな漢字を当てられ、さまざまな意味を持ちうるものとして。塵埃、仁愛…というわけか。
 多くのダンサーが壁を強く意識するのは、なぜなのだろう。劇場の舞台という空間の中で、何かにぶつかるとすれば、壁であるからか。自己確認という意味からも、居場所の拡張という意味からも、壁にぶつかったり、壁を這ったりすることが大きな意味を持つのだとしたら、舞台という空間の中に在るということは、茫漠とした架空の果てしない空間の中にポツンと置かれているような寄る辺なさそのものであるということなのだろうか。もちろん、壁を支持体として使いながら立つことで、身体の平面性を強調することができる。また、奥の壁であれば、客席から最も遠い地点に立つことができる。
 村上は、壁をかきむしるような動きを執拗に見せ、壁と関わる動きを強調した後、床を転がって、つまりは90度倒した動きを見せるような形で、作品を空間的に構成したと解していいだろう。もちろん動き自体は鋭くスピーディで華やかだから、さまざまな多義性があるように見えるが、作り自体は、平面への格闘2種だったといえる。
 あまり言葉で解釈しすぎるのはどうかとも思うが、それが床に積もった塵埃またはそれへの関わりのようであると言われればそのように思えるし、舞台上には見えない誰かへの働きかけであれば、人への愛だということにもなる。
 村上の作品には、観客への強いアプローチや、水や衣裳を使って「わやくちゃ」にしてしまうような強烈な笑いの要素、そして男前な美しい動き、と多くの見どころがあるが、今回の作品は比較的けれん味の少ないおとなしい作品だったといえるだろう。それだけに、ストレートに見えてきたものがある。
 昼公演と夜公演で、ずいぶん印象が変わって見えたことからも、即興性の高い作品だったことは想像できる。そんな中で、動きが速いためにあまり意識したことはなかったが、村上の立ち姿が、ずいぶん味のあるものであることに驚かされた。動きの潔さについては、以前から気づいてはいた。それにも増して、よく「たたずまい」という言い方をするが、そのような味わい。それはどうしても動的な状態で感じ取れるものではない。にもかかわらず、それを感じたということは、速度の中に静止を、または型を宿した状態であるのではないかということになる。それは最近になって獲得されたものなのか、現れるようになったものなのか、あるいはコミカルな意匠のない作品だったから見えやすかったということなのか、いずれにせよ、鬼に金棒と言っては変だが、発想の「わやくちゃ」ぶりと、端正な身体を併せ持った、ちょっとすごいダンサーになりつつあるようだ。

■南沙織 シンシア・メモリーズ ¥15,750

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2008年9月16日 (火)

「イマージュ」43号にレビュー寄稿

 「イマージュ」(IMAJU)という雑誌があります。
 関西障害者定期刊行物協会の発行となっていて、これだけでは何のことかわからないと思いますが、編集長が福森慶之介さん、編集委員が金満里、仙城真、川喜多綾子、栗本知子、井上朋子の皆さんですので、要するに劇団態変のメンバーが中心になっている、舞台芸術を中心とした文化の情報誌です。

 その43号(2008年9月刊行)に、「不在に向き合う~2008年春・夏の舞台から」と題して、演劇・ダンス等のレビューを書いていますので、機会があればご覧ください。
 dots、欠陥ロケット、桃園会、東京デスロックを中心に、柳井愛一さんの追悼を絡めて6ページの長さとなりました。

 他には、
・対談○森岡正博×金満里「融通無碍な生体の知性」
・「柳井愛一氏追悼」 キタモトマサヤ、仙城真
・「中南米・日本ひとまたぎ」 八木啓代
・「虫を眺めて異文化交流」 神野明
・「青森~ちょい函館まで2人旅」 金満里
・「天の川とすいか」 小池照男
・「「初恋サウンド」に出逢って春一番コンサート 福森慶之介
・「瀬戸内海の豊かな島 豊島」 山中由紀
・「いざり車のいざりたち」 山田塊也
・「越境してみました」 北澤慶
・イラスト 新門登

など。

 定価¥500です。年間購読(3冊)¥1000がお得。
 電話/ファックス=06-6320-0344 イマージュ
 http://www.asahi-net.or.jp/~tj2m-snjy/imaju/imaju.htm

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2008年9月14日 (日)

「ダンスの時間」レビュー(4) 第2週(3)

「動かない」こと

 第1週について書いたときにもふれたが、動く/動かないというのは、表面的な問題のようでいて、実はかなり根の深い、ゆっくりと考えるに値する問題だ。表面的に分類すれば、第2週の他のダンサーの中で、宮北裕美、吉福敦子は動かないほうだとしておいていいだろうか。
 今の日本の身体表現で「動かない」ものの筆頭といえば能だろうが(などというのは、表面的で、失敬な話だが)、確かに能に関する本など読んでいると、動かないことについての深い考察が見られる。たとえば観世流シテ方でロンドン大学でPh.Dを取得している梅若猶彦の『能楽への招待』(岩波新書、2003年)では、世阿弥の「動十分心・動七分身」(心を十分に作用させながら身体は七分、つまり三分を惜しんで動かさないほうがよく、そのほうが観客の心を打つのだ)を引き、能と禅の「無」を対照しながら、芸論を展開していく。
 内面の充溢を本当に見せるためには、最終的には身体を動かさないほうがよいというのは、逆説的な理屈として比較的納得しやすい。ぼくたちはそういう展開が好きだ。しかしぼくたちのコンテンポラリーダンスは、あるいは現在という時代は、自分自身の心や自我というものが空虚であることをわかった上で、それを埋めるために身体を動かさなきゃいけないと、そんな認識を持たざるをえない状態ではないのか。身を十分に動かせば、ようやく心が一分でも動くのではないかと願うような。「動十分身・動一分心」とでも言ってみようか。自分は充溢した内面を持っていると自認できる者が、そしてそれを表現すれば十分な説得力を持ちうると信じられる者が、どれほどいるのだろうか?
 先回りして言えば、宮北も吉福も、その動かなさの源は、そのような心身を対照させる二元論から出たものではなかったと思われる。その空間や時間を作りなすための必然的な要求から、動きの少なさは導き出されたもので、その中で実は最大限に動いていたともいえるのだろう。

Miyakita_2  宮北裕美の「J.M.リンドバーグ(1993-2063)」は、美術家かなもりゆうこの映像を大きくフィーチュアした「ミクスドメディア・パフォーマンス』(プログラムによる)である。2台のプロジェクタによって映写されるかなもりの映像と、宮北の身体の、どちらに大きな比重がかかっていたか、にわかには結論づけにくい。最初は少女の姿で椅子に腰掛けてゆっくりと、わずかに微笑みのような表情をたたえて腕を動かしていた宮北は、一個のオブジェとしての存在感があり、顔の表情にも今にも泣き出しそうな強い感情が表れているようだった。
 宮北が去り、壁の左半分に、白いソファーに座った彼女が映写される。ロクソドンタブラックの奥壁の真ん中に柱型があることを利用して、スクリーンを左右に分けるように2台のプロジェクタを使った。2つの映像空間の間に立体の仕切りを置いたことで、二つの間にある種の段差ができたのが、面白かった。
では、スクリーンである壁に貼り付けられた二次元の存在と、床の上で現実に三次元として存在する身体の間には、どのような懸隔があるのか。現実の身体の宮北が不在の間の(着替えている間の)、映像の宮北が、現実の代替的存在であると考えるのでは、ここに流れる時間の連なりが弛緩したものとなってしまう。印象としては、映像が実体のようであろうとしたのではなく、実際の身体が映像のようであろうとしたようだった。宮北の身体は生々しさを極力排除し、できれば汗もかかず呼吸もしないぐらいの無温さを獲得したかったのだろう。だから、そのような身体が後半にゴロゴロと横転するなどの大きな動きを見せたときに、やや違和感があったのは、当然のことだったともいえるだろう。
 後半、宮北は少年の出で立ちで、空間を支配し指図するようなしぐさを見せ、また白い衣裳に映像を写すスクリーンになるような設定を提示した。映像は空や雲となり、椅子の上に立ち上がった宮北は、リンドバーグという名から導かれるように、空を自在に行き来する少年のようだった。しかしそれは二次元の存在であることを志向しているようだった。
 身体はほとんどの場合、上位の次元を志向する。身体は三次元に規定されていながら、できれば空間や時間を超えた何ものか手に触れえぬ次元…四次元であろうとするもののようだ。しかしこの宮北のように、三次元性を離れ、オブジェであろう、風景であろう、二次元であろうとするような身体は、おそらくは稀有であり、極端に言えば冒?的でさえある。では、最終的に映像のみの作品に収斂していくのかといえば、おそらくそうではあるまい。その間に横たわる揺れやノイズのようなものをこそ、彼女とその協働者たちは大切にしているのだろうと思う。それがダンスであるかどうかということは、ダンスイコール身体を動かすという観点からはあまり興味がなく、その空間なり時間なりを、一つの中心に身体を置いて形成することに懸命だったといってよいだろう。

Yoshifuku  吉福敦子は、「クロノス/メビウス」というタイトルからも想像できるように、時間をテーマとした作品だ。舞台中央に12枚の小さな鏡を円形に並べ、カミ手の天井から水を入れた傘袋を吊るし、針で穴を開け、金属のボウルで水滴を受ける。吉福は鏡の円の中心に立ち、そこから一歩も外に出ない。そういう意味で動かない。
 序盤は上体もあまり動かない。腕や指で形を作ったりはするが、身体の軸は動かない。水滴がボウルに規則正しく当たる音が時を刻んでいるようで、円状の鏡は日時計のようなものなのか、するとその中心にある身体は、時の柱として存在するのか、というようなことが想像されてくる。
 何かの契機があったのだろうか、膝が動き、一歩が出、腕が放たれ、腰が曲げられる。動きの増幅には各段階でそれぞれの契機があって、そのたびに自由度が増したり、動かねばならない制約が増したりするのかもしれないが、それを知ることはできない。しかしその動きは、腕を伸ばすことに限らず、空間を斜めにスライスして顕微鏡の標本のように切片を作ってしまうような鋭角な切れ味を持っている。潔い身体。
 実は、この作品のタイトルを「クロノス/タナトス」だとずっと思い込んでしまっていた。タナトスとは、エロスに対極する、死への欲求、方向性を指すが、ぼくの中で並列されてしまったのは、時が経つことが死に向かうことに他ならないという感覚があったことと、いかにも死に向かっている存在として、限られた舞台の空間と時間を直線的に構成した作品だったように思い込んでしまったからだろう。日時計と水時計を模した装置を配した舞台の中で、さらに限られた空間の中で、緊張した緩やかさからスタートし。徐々に身体の軸が揺れ、鞭のようにしなってゆく上体。見た目に派手な動きではないが、空間が限定されているので動きの変化が非常にわかりやすい。他には何もない世界で、ただ一つ動いている生物。他に動いているものといえば、水滴と、定かには見えないが太陽の位置だけだ。
 後半、マーチのような音楽が小さな音で流れ始めた。時間の経過が徐々に世界を変質・変容させて、メビウスによって表わされるねじれとなって形をとる。そういえば、上体から腰の動きも、ねじれるような激しいものになっていく。
 作品づくりのプロセスには、足し算と引き算があるとよく言われるが、この作品などは両方をうまく組み合わせて、しかもミニマルな構造になったといっていいだろう。ミニマルというと、ただそぎ落とす方向での作業と思われがちだが、それだけでは痩せていく一方だ。時間とねじれという哲学的でもあり空間的でもあるテーマを設定しながら、動きを極端に限定し、それらを一本の線の上により合わせた、ストレートな作品だったといえるだろう。

 ところで、この15~17日は舞台監督が谷本誠さん(CQ)、16・17日は照明が牟田耕一郎さんと、普段と違った裏方陣でお送りした。小屋付のいつもと違うスタッフはまた新鮮で、本当にお世話になった。ある種のリップサービスかもしれないが、口々に、ダンスのしかも複数のアーティストによる公演は実に大変だったと言っておられて、ずいぶん疲れさせてしまったようだ。特に谷本さんには、急な依頼でリハーサルに立ち会っていただくこともできなかったのは、仕事の流れの上で申し訳なかった。お二人とも、実にいいチームワークを作ってくださる方で、初めて仕事をするというささくれを感じなかったのは、ありがたかった。諸々、ぼくもいい勉強をさせていただいた。
 また、出演者やその仲間が、ボランティアスタッフとして舞台まわりや撮影を手伝ってくださったのは、申し訳なさも含め、本当に助かった。今回はなかなか一般のボランティアを集めることができなかったが、スタッフの問題は次回以降も課題として残るだろう。

■クロノスペンダントトップ ¥4200

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2008年9月 5日 (金)

「ダンスの時間」お話の時間(8月5日)

 公演に先立って8月5日(火)に実施された「お話の時間」の簡単な記録です。

 話題提供=古後奈緒子、小林昌廣、樋口ヒロユキ、上念省三

 古後さんからは、まずジョルジュ・ドン「ボレロ」(モーリス・ベジャール振付)の映像から、卓越した身体技術をもったダンサーを中心に、同心円状にダンスが波及していくという劇場構造が成立しているという分析を枕に、踊る者と見る者の相互的な関係に注目してダンスを考えるという視点が提供されました。その上で、「ボレロ」の関係を逆転し、身体技術ではなく視線に対する意識により踊る者が組織されてゆく過程を示した「ノリコボレル」(双子の未亡人振付)、映像や空間の利用などにより観客に見る者/踊る者の間を行き来させた『Flower Picking』(珍しいキノコ舞踊団振付)に、鑑賞における参加の多様なあり方が紹介されました。

 上念からは、音楽の世界でコンサートが演奏者の超絶技巧を披露する「究極の催事」となっているとするエドワード・サイードの所説(『音楽のエラボレーション』)を紹介しつつ、ダンス公演がもし同様の「究極性」を持っているとすれば、それは身体運動の超絶的なテクニックを披露することによってであろうが、コンテンポラリーダンスにおいては、そのような超絶性を回避し、あたかも日常的身体であるような動き、空気を見せることで成立しているような舞台も多いと思われる。何が日常的身体を芸術的(舞踊的)身体に変容させるのか、という問題提起がされました。

 美術評論家の樋口さんからは、日常的身体についての自己の身体意識というものが、なかなか一筋縄でも一枚岩でもなくなっているのではないかという問いかけを、リストカッター等への取材を通じて実感しているということから、ディル・アン・グレイ、マリリン・マンソンといったゴシック系バンドのミュジシャンがステージ上で自傷行為をしたり観客とSM行為を行うこと、BONJIN(BABY-Q、の衣裳担当)のスプリット・タン(小説『蛇にピアス』で有名になった、舌に大きなピアスホールを開け広げ、ついには舌先が分かれてしまう)、舞台上で身体に鈎針を刺して吊り下げるというサスペンション・パフォーマンスからある種の聖的な感動を覚えること、ルーカス・スピラという頭頂部にネジを差し込むようなスカリフィケーション行為を行っているパフォーマーがアメリカンネイティブの伝統的行為(通過儀礼)との共通性を語っていること、等が紹介されました。
 それらは共通してボディ・ハクティヴィズムと呼ばれているそうです。ハクティヴィズムとは、hack(ハッキング、の)+activismで、自らの身体を自らハックする行動主義、身体や生死を社会や医療から奪い返すという意味。現在の身体意識というものについて、ある種の極端さの中に、非常に示唆深いものがあり、圧倒される報告でした。

 最後に小林さんは、以上を整理・総覧しながら、観客論、ダンサーの身体意識、観客の自己意識、医療とハクティヴィズム、アートセラピー、等について言及しました。以下、断片的に紹介します。
 美術で二次的なメディウムを使わずに、身体を直接的に行為させるものとしては、現代日本では具体の白髪一雄ら、篠原有司男らが挙げられるが、そのパフォーマンスとしての身体意識も興味深い。
 観客は観客という役割に拘束され、劇場の中では大きな制約に縛られていること。観客は劇場の中で自分の存在を意識することはあまりないが、かつて蜷川幸雄は舞台に鏡を設えて客席を写した。客電を消すようになったのは、ワーグナー以後だったはず。
 ダンサーの身体意識には3つの層がある。図式的に言えば、「私」、対他的な他者から見た私、空間との関係性の中の私、である。
 芸術療法(アートセラピー)は、身体の側からかたまりを溶かし・ほぐしていくということが重要で、身体が緩むこと・弛緩することが重要。会話による療法ばかりが重視されているが、身体性が重要で、心のケアは言葉からだけはなく、身体からの「外し」がないと無理である。

 その後、役割的に、古後さんが日常的身体延長による観客参加型ダンスの擁護派、上念が超越的な技巧による舞踊的身体追求派みたいな感じに分かれたりして、1時間強のフリーディスカッション、近所の居酒屋に場所を移しての与太話と、終電近くまで話は続いていきました。

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2008年9月 4日 (木)

「ダンスの時間」レビュー(3) 第2週(2)

~2人の振付家の作品~

 何とか最後までたどり着こう、全作品について書こうと思っているのだが、だんだん舞台裏の内輪話が増えてきた。まぁ、それを書きとどめておくことも、悪くないかもしれない。こういう不定形な公演だから、何をもって「1回」と数えるのかさえバラバラだが、とにかくこのSummer Festival 2008が丸6年、20回目という節目でもあり、いろいろなことを確認しておくことも必要だろう。ご容赦願いたい。
 
 16日からの2日間には、セレノグラフィカの2つの作品、サイトウマコトの3つの作品を観ることになった。いずれも作品には振付家本人(たち)が入ったり入らなかったりだったが、ダンスの振付というものの多様性と同質性を垣間見ることができ、興味深いものだった。
 実は、セレノグラフィカに出演を依頼し、快諾を得てしばらくして、隅地さんから、1日2公演のうち1回はセレノグラフィカと吉福敦子さん、もう1回はセレノグラフィカ作品を花沙+升田学で踊らせたいという連絡があり、はいはいとあまり考えずにOKしたのだが、考えてみれば、何とか調整してこの2組に2回ずつ踊ってもらえばよかったのだ。残念なことをした。
 都合30組の日程調整は、といっても決して複雑なことではなく、都合の悪い日を聞いておき、あとはバランスを考えたり考えなかったりしながら、ポコポコと当てはめていく。少しは、集客力のありそうな人となさそうな人を組み合わせたり、集客力のある人をぶつけないようにしたり、ということは考える。その程度のことで、悩んだことはあるが、苦しいと思ったことはない。パズルのようなものだ。大変だけど、楽しい。

Sereno  セレノグラフィカと吉福敦子の「『短編小説』 シリトリジンギ」は、西陣ファクトリーガーデン、スタジオgooで続演されたものを短くした再演。共に元工場や民家のようなもので、いわゆる劇場で上演されるのは初めてだとのこと。阿比留修一、隅地茉歩、吉福敦子の振付、デザインコンセプト等が岩村原太、小道具の箱馬が青木勉、音響が小早川保隆、というコラボレートワークである。
 まず面白いのが、阿比留が3個の箱馬をマトリョーシカのように1つにする作業。無駄のない鮮やかな手つき、動きで、しかし段取りはことごとくと言っていいほど失敗する。見ていてイライラして、それじゃないだろ次は、と声をかけたくなるほど。しかし、もし箱馬組立作業なしに、動きだけを取り出して観ることができたら、それは非常に鮮やかな振付になっていたことだろう。いかにも無駄のない手際よさそうな動きが、実はものすごく不合理で非実用的でとんちんかんだというのが、言語的にも逆説的で面白かった。
 この場面は、箱馬と同じく、何重もの構造を持っている。舞台の上で作品として踊られているこの動きは、一見箱を片付けるという目的を持った日常的な行為の延長のように見えるが、舞台の上で作品として成立している以上、それは目的的ではない。しかもそれは何度もの間違いを繰り返しては、またはじめからまたは途中からやり直されている。その間違いだらけの日常的な行為を装った動きが、実はダンスとして(もちろん阿比留という優れたダンサーの身体によってだが)洗練された振付となっている。
 作品の冒頭だが、普通はぼくが何がしかのコメントをした後、いったん暗転し、作品の時間が流れ始めるのだが、この作品では暗転なしで3人がそれぞれ箱馬を持って出てきてポーズをとるところから始まった。それは、この作品の初演会場が、暗転できるところではなかったということもあるだろうが、幕間という作品と日常の中間ぐらいにある中途半端な時間帯をそのまま取り入れるということで、作品の時間の作り方として特異なことだったといえるだろう。作品が、いわば作品時間ともいえる枠の中に収められているのではなく、両端が日常時間に溶け出しているような感覚は、面白い。よく、開場するとすぐにダンサーや役者が舞台上に付いている作品があるが、それは、日常時間を切断して観客を無理にでも即時に作品時間に入れてしまおうというようなもので、これとはかなり異なっている。
 ダンスというのは、基本的には何も特別なものを使うわけではなく、観客の身体との延長上にある身体が舞台の上で何事かをするのだから、このような緩やかな作品への入り方というのは、非常に効果的になることが多い。前週のヤザキタケシも、あえて暗転を設けずに舞台スタッフのような雰囲気でサウンドチューブを置き、何食わぬ顔で引っ込み、通りすがりのようにまた出てきてサウンドチューブを「発見」するという細かい演技を見せた。日常と作品の落差を処理するのは、緩やかな傾斜を持たせるか、切断するか、いずれにせよ実は非常にデリケートな作業なのだろう。緩やかさの後に、いつの間にかすっかり作品の時空になっていたと気づかされる時など、その鮮やかさに本当に驚くことになる。
 その後は、タイトルどおり「しりとり」が続き、3人の即興的(?)なダンスとなる。もちろんといっていいのか、動きながらのしりとりではある。「らららひゅーまんすてっぷす」とか「くろさわみか」「かがやくみらい」とか「ついかんばんへるにあ」とか、平凡なしりとりではないが、さほどどうということはない。「箱を片付けている」「しりとりをしている」ということと「踊っている」ということが等価かどうか、ということを考えさせられる。
 つまり、ダンスでありながら、ダンスというものの特権性を問いかけてしまうという冒険が秘められている。隅地は自ら「規格外体型、規格外テクニック」と称しているのだが(あくまで自称ですからね)、彼女自身、ダンスする身体に伴う特権性を否定しているところがあるし、ダンスそのものに対するやや醒めた目を感じさせることがある。いわゆる「踊れる」阿比留の動きと、ちょっと「なんちゃって」な部分のある隅地の動きは、巧拙を(おそらく)超えて、魅力としては等価であるのが、セレノグラフィカの魅力であり、恐ろしいところだ。そこに吉福という、これまた独特な存在感のある、踊れるのに踊って見せない、温度を感じさせない身体が入ったことが、この作品の魅力を増した。

Hanasamasuda_3  クレジットとしては隅地単独の振付・構成・演出による「FASNACHT(ファスナハト)」(復活祭という意味らしい)は、花沙と升田学(元・維新派)によって踊られた。そもそもは5年前にびわ湖ホールのダンスピクニックでセレノグラフィカの2人によって初演され、今春ダンスボックスの子どものためのプログラム(チルドレン・ダンス・ミュージアムプロジェクト「夢見るダンス」)に当たって花沙と升田によって再演されたそうだから、子どもにも楽しめるコンテンポラリー・ダンスであることを想定されているといっていい。
 (しかし、子どもには楽しめず、大人には楽しめるダンスというのも、奇妙なものだ。むしろ、社会的評価とかキャリアとか何も斟酌せずに楽しむことができるのが子どもの享受であるなら、それこそが本来あるべき楽しみ方だから、子どもに通用しないダンスなどというものがあるのならは、考え直したほうがいい、ということになる。)
 衣裳がとてもカラフルで愛らしかったこと、花沙と升田の表情が何ともかわいらしかったこと、そして何よりも、作品の中心となる動きのよって来たるところが明確で、作品の成り立ちがわかりやすいことが、20分の作品を高い求心力でコンパクトにまとめられた成功の原因だろう。
 最も目についたこの作品のモチーフは、親指と人差し指で作った輪っかである。一人が作った指の輪にもう一人が人差し指で、または同じく輪によって絡むことで、予想外に面白い動きの組合せが生まれる。相手の身体の、しかも身体の軸から離れることのできる一部分に絡むということで、前後左右上下にと、思いの他の動きが生まれる。しかも、それは喩として人と人とのつながりや結びつきを強く感じさせるから、動きに生まれる無理や不自然さや近づきが、そのままダイレクトに二人の関係の緊張や緊密性に見えてくる。その結果、見る者の中で、物語を簡単に作ることができた。
 升田が比較的無表情で、花沙がそれにまとわりつく小動物のような愛らしさを全開にしていたのは、役割分担としては的確だったといえるだろう。決してコミカルな動きでもないし、そういう振付でもないのだが、なぜか観ていて笑みがこぼれてしまうようだったのは、二人の動きがどこかしら訥々としたような空気を醸し出していたからに違いない。それは隅地の持ち味を2人がうまく汲み取っていたからでもあるし、そのような動きが実は非常に魅力的であることを感じ取っていたからこそのことだろう。
 誤解を恐れずに言えば、スピーディでスムーズでダイナミックで…といった、極度に洗練されたばかりのダンスは、ややもすると受け取る側にとって引っ掛かりがなく、ざらつきのようなものが感じられずに、退屈というのではないが、飽きてしまうことがある。それを回避した上で、踊っていることが人間同士の関係の波の表徴であるというダイナミズムを共有できるこの作品は、観る者が実は経験していないことも含めてある種の懐かしさをもって共感することができるものになっていたと言えるだろう。
 そしてこの作品は、子どもを含めて誰もがすぐに真似をすることができそうな親近感を持っている。ワークショップ向きでありながら作品としての完成度も高い。このような作品を通じて、ダンスの魅力が広がっていくといいのだが。

 サイトウマコトは、東福寺弘奈に新作を振り付け、佐藤玲緒奈(スロヴァキア国立バレエ団)の再演を出し、生田朗子(元リリパット・アーミー、現在フリー)、佐藤と「RESONATE」を再演した。生田さんはフリーになって初めての舞台であるという。光栄だ。東福寺も佐藤も、優れたバレエダンサーである。先ほどの話の流れで言えば、スピーディでスムーズでダイナミックな、洗練された動きで踊ることのできるレベルの高いダンサーだ。そしてしばしば軽視されるが、実は優れたバレエダンサーは物語の読み込みが深く、それを身体の高いレベルで表現できる才能と訓練ができている。そのようなダンサーと共にサイトウが創る世界は、しばしばダンサーに大きな負荷をかけるような仕掛けや物語や枠組みを設ける。

Hirona3  最もわかりやすい表われが、東福寺弘奈の「コンセント」だと言えよう。これは、東福寺がスイス留学中に踊ったヨハン・ヘックマン振付作品の一部分に当たる東福寺のソロパートを、解体・再構築したものだというが、何よりもその髪の毛を高くきつく束ねて天井からゴムとチューブで接続した時点で、完全にサイトウの作品になっていたと言っていいだろう。
 開場前から既に東福寺は天井から繋がれた状態で舞台中央に黒布で覆われている。暗転の間に舞台監督が黒布を取り去って照明が入り、作品の時間が始まるというわけだ。この作品の、というかこの仕掛けの解釈は難しい。逆にその多義性こそがコンセントということの本質であるといったほうがいいだろう。冒頭から囚われの王女のような虐げられた悲しさを見せ、後半では何ものかと繋がってあることの喜びをも見せた東福寺の表現力には、唖然とさせられるばかりだ。ただ顔の表情のことを言っているのではない。身体の表面にそのような表情をもたせうることを教えられたような気がしている。繋がれた/繋がった状態であることの感情を、状況は同じでありながらがらりと変えて見せられたその契機は何だったか? もちろん舞台の上でのきっかけは、音楽が変わったということだったかも知れないが、繋がれてあることの不自由さが、繋がっていることの幸福感へ転化する時の、東福寺の全身の輝きといったら、すさまじいものだった。その転化は、解釈のしようによっては、異常性につながるものであるかもしれない。束縛や支配という面から見るか、コミュニケーションや交流という面から見るかによって、プラスとマイナスが逆転する。
 中央を空けて舞台に敷かれていたのは、スカートだったそうだが、それはまるで蓮の池のように見えた。そこを舞い踊る東福寺は白鳥のようにも見え、一つの意味づけの変換によって世界ががらりと変わるというドラマを生きた。動きの美しさやシャープさについては何の文句のつけようもなくただただ見とれるばかりだったが、特にゆっくりと屈み込み、また起きる時の曲線の角度のゆるやかな変化が、とても美しかった。それ自体がハイスピードで見せられるバネのしなりのようで、チューブで吊るされるにはまことにふさわしい身体だったのかもしれない。その曲線の変化によって表わされる、何かを拾い集めるようなしぐさは、これからの歳月にとって大切な何かを、落としたものを拾うのか、新しく拾うのかはさておき、再び自分のものにしようとする「回復」の作業のようで、心にしみた。
 この作品の時間は終わり方も難しくて、というのは何とかして吊っているゴムから彼女を解放しなければいけないからだ。最初は振付のサイトウ自身が脚立を運びこんではさみでゴムを切り、ぼくが「振付のサイトウマコトです」と紹介したのだが、どうも居心地が悪いというので、夜は舞台監督がゴムを切った。こういう細かい段取りの変更も、けっこう楽しい。
 
Saitoh  ブルトンの「ナジャ」をテキストに使った「RESONATE」は、2003年に「ダンスの時間」で初演、翌冬京都のアルティブヨウフェスティバルで再演された作品。特に原作の世界を知らなくても、生田朗子が抜粋し発するテキストの断片から、ナジャという女の横顔を窺い知ることができるし、ブルトンの美意識を中心とした世界観を」覗き込むことはできる。この作品にはいくつかの生命線があるが、その一つは、生田の抜粋したテキストが断片でありながら蝟集しようとするその中間性にある。
 初演時に比べて、何だか生田の声がずいぶん低くなったような気がして尋ねてみたら、初演時に比べてナジャの発言よりブルトンの地の文を多く選び採ったということだった。だから、ブルトンの声というわけではないだろうが、平叙の言葉が増え、おのずと高まりは抑えられたわけだ。そのことが、作品全体のトーンを大きく変えた。以前はナジャという女の一人称の物語であったのが、今回はナジャが生きる世界を語る何者か(とりあえず性別未詳)の語りとなった。初演では、佐藤やサイトウが声を出して笑ったりしていたのが、今回は一切封じられたのも、以前は複数のナジャの物語であるようにも思えたのが、より整理され尖鋭化したと言えるし、サイトウという男の存在がよりクールに際立つことになった。
 サイトウの舞台での姿については、単に表情がないというのではない。表情を消すことで、その内面を窺い知ることができなくなり、不気味に思えてしまう、という種類の無表情をつくる。もちろんそれによって観る者の意識が身体や作品の構造に集中できるということもあるのだが、その一人の踊り手が、舞台の中で不可触な闇として存在することになる。しばしばそれは物語の本質的な基点となる。それでいて動きは大きく速くダイナミックだから、残酷な破壊者のようにも見え、冷酷な影の支配者のようでもある。一方、佐藤もまた仮面のような無表情で踊ることが多いが、それは(ジェンダー的なステレオタイプに陥っているかもしれないが)、表情を奪われた悲劇を体現しているように見える。そういうキャラクターの構図が、作品の太くしっかりした構造線となり、細部は理解できなくても、作品の構図は把握できるという、不思議な享受体験を生むことになるだろう。
 振付の大部分は、佐藤とサイトウの関係の非日常性や異常性、破綻と表面上の修復、といったことをめぐって展開するように見えた。佐藤とサイトウのもつれるようなデュオ、無表情なサイトウ、思い詰めたように鋭く一点に集中する佐藤。そこで生田が、単なる語り手ではなく、解説者でもなく、言葉によって関係に切り入る存在であることが、生田という声と身体の持ち主を起用して成功している所以である。声の存在としてはナジャであり作者でもある生田は、その両義性において他の者の不定形で未生の関係の中に、時には横切り、時にはユニゾンで踊りさえして一体化し、自在に貫入することができる。美について定義しようとするテキストを舞台の上で語ることは、あるいは自家撞着的な言説となるのかもしれないが、それが作品の枠組に対するメタな言及とはならず、作品の中での語り手(とは誰だ?)の願いや祈りのようだったことが、この作品を洗練されたものとした。重複するかもしれないが、ブルトンのテキストを逐語的に踊っているのではないかと期待してそれを追いかけることに意味はなく、逆にテキストの断片が生む空気(アトモスフィア)とテキストの精神(スピリット)を、この作品のう構成や動きから掴み取れればいい。
 テキストに影響されて、動きは、そして舞台全体の空気はどうしてもシリアスでドラマティックなものだが、それに関係性のある種の頽廃的な異常性を加えれば、サイトウが描き出す世界のほとんどの要素を拾うことになる。サイトウの作品の多くは、そういう濃密さをReona_2 もっているが、佐藤玲緒奈の短いソロ作品「FLOWER」は、いささか様相を異にする。この作品は、約8年前に佐藤のバルナ国際バレエコンクール出品用に振り付けられたもので、謡曲「弱法師」をバックに一気に踊りきる。少なくとも前提としては物語も仕掛けも人物設定もなく、衣裳もグレーを基調としたプリーツのシンプルなもので、ただ謡曲の拍や調子を汲み取って踊るというだけの作品だ。
 ここでも佐藤は、ほとんど無表情のままだ。それは能面のようだが、「弱法師」で使われる能面は特殊なもので、極端に伏し目がちに彫られている。もちろん俊徳丸は盲目という設定だから、目を見開くということはありえない。サイトウは謡曲の詞章は作品の内容に関係はないというが、視線や表情は大きなポイントになるだろうし、初演時には「草子洗小町」であったのが、いっそう悲惨な物語の曲に変わったというのも、踊りに全く影響を与えないわけではないだろう。もしかしたら言霊とでも呼ぶべきものが介在しているのかもしれない。
 結果的に佐藤は、動きとは無縁に始まり流れ終わる謡曲から、力ずくでテンポやリズムを搾り出し、その後は逆にそれに絡め取られ踊らされる、操り人形のような劇をあらわすことができていた。バレエダンサーがすり足のような足の運びをすると、立った身体の軸が重力が失われたような異界感を生み出すものだと驚いたし、最後に毅然とした表情で直角に曲げたひじから上下に手を振り動かす様は、それらのドラマすべてを振り切ってしまうような力を持っていた。
 サイトウの濃密な世界観のためには、バレエダンサーの身体が必要なのかもしれない。その動きの速度、身体の角度、正確でありながら情緒を的確に表現する身体があってこそ実現する、デカダンというものがあるのだろう。では、他の振付家にとって、そのような身体は必要ではないのだろうか、他のダンサーにとって、バレエダンサーのような身体は必要ではないのか、ということにもなる。バレエを離れた身体が、得たものと失ったものを、厳密に考えてみなければならない。失ったものがあるとすれば、それを、またはそれに代わる何かを、どのように獲得すればいいのかを、考えたいのだ。貪欲でありたい。

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2008年9月 1日 (月)

「ダンスの時間」レビュー(2) 第2週(1)

~マチュアな男性ダンサーたち~

 8月15日という平日に公演を持ったのは、あるダンサーからの提案による。12月8日、第2次世界大戦開戦の日生まれの彼は、その日に公演をしたことはあるが、敗戦の日にも踊ってみたい、何か特別の思いが沸き起こるのではないだろうか、というのだ。平日の集客に自信がなく、はじめは聞き流していたのだが、金曜日の夜はまずまずの集客が見込めるという声もあり、夏休みでもあり、どうせお盆の週で多くは見込めないということもあり(笑)、思い切ってこの日に公演を設定してみた。せっかくやるのだったら、ただ偶然集まったただけでも面白くないので、男性ダンサーの日にしてみたのだが、これがとんでもなく見ごたえのある組合せとなった。
 ヤザキタケシ、冬樹、ザビエル守之助、由良部正美、の4人である。皆、新作ではない。ヤザキはスタジオの発表会や神戸学院大学で発表したものの小劇場版、冬樹は2月のアルティブヨウフェスティバルで上演した作品の改訂、ザビエルは前の週にここで発表したもの、由良部もまた再演である。

Fuyuki_1  「ダンスの時間」初出場の冬樹は、アルティでの初演がやや不本意に終わったこともあり、今回の出演を久しぶりに本格的なソロ作品の発表と位置づけたようだった。私信だったか、10年ぶりと聞いていたが、ソロとなると、そういうことか。コメントで紹介した「ディラックの海」がやはり10年前の舞台なのだ。「Rain Dance」と題した作品は、壁を伝うようにシモ手奥へ下がり、奥の壁をゆっくりとカミ手に向かい、カミ手奥からシモ手前へ何かをあたため守っているような前屈みの姿勢で斜めに進んでくる。何度か周回する内に起き上がり、上方に手を伸ばし、やがて中央奥に座り込み、溶暗、という構成としては単純なものだ。そこで踊る存在にとっての問題は、いかにして彼がそこに存在し得、なぜ彼が次の一歩を進めることができるかということだ。
 多くの者はそれを自明としている。ダンサーとして舞台に上がることの自明さ、舞台に上がった以上、歩を進めることの自明さ。それに対して無批判であることは幸福なことだし、改めて問い直す必要もないことなのかもしれない。冬樹ほどのブランクがあったりしなければ、それは当然で自明のことだ。もちろん、人はわざわざブランクを作らなくてもいい。久々に見た冬樹は、以前と同じ背中の丸み、低く屈めた腰、刷くような足捌きで舞台を暗く低く静かなものにした。その暗さや静かさは、何かを抱えたような前屈みの姿勢から放たれる限られた視線によって捉えられた世界の様子であっただろう。
 もちろん冬樹は長いキャリアを持っている。動きそのものは、その間あまり変わっていないのかもしれない。しかし、長い間人前で踊っていなかった時間の蓄積が、身体の重心をいっそう沈潜させ、伸び反る際の力を大きくさせたようだ。生命の力の振幅の大きさがダイレクトに感じられるような作品だった。

 誰かがなぜ「ダンサーである」として舞台の上に立ち、はじめの一歩を動き出すことができるのかということは、外部的な制度に保証されているのでない限りは、とんでもなく特異なことなのだろう。
 「止まったら死ぬ」と冗談交じりに言っていたダンサーがいたが、一度動き始めて、作品の中でいったん止まったら、どのようにしてもう一度動き始めることができるのか。ということは、動いていないように見える身体も、実はその内面において止まっていないということがほとんどなのだろう。それら一連の、スタンバイ状態を含めた時間の連なりの中で、ただ動きの量だけの問題ではなく、生命の振幅が感じられるときに、その作品はスケールが大きいのだということになる。

Yurabe  生命感というのは、ダンスにとって最も親しい感情かもしれない。身体が動くことは生命があることの証であるのだろうし、生命力の横溢とは、豊富な運動量であるようにも思われるだろう。
 リハーサルが終わってしばらくの間、ぼくたち(というのは照明の伏屋さんや音響の西平さん)は、由良部正美さんからいろいろなお話を聞いていた。作品の流れの解説から、ALS-Dの甲本さんの話へと話は尽きず、ぼくたちだけで聞いているのが本当にもったいないと思ったほどだ。一言でいえば、作品のピークはどこかということになる。かすかな光の中で横たわる姿から、徐々に蠢きはじめ、立ち上がり、螺旋を描くように天を仰いで降るものを全身で受けるように舞い踊り、何度か大声で叫び、腹の底からすべてを絞り出すかのように声を上げ、ゆっくりと収束していく。これまた単純な構成の直線的な作品だから、当然のようにピークは、激しく舞い踊り、絞り出すように叫ぶそのあたりにあると思う。
 ところがその時の由良部の話によると、本当のピークはそこから後にあるのだという。存分にすべてを世界から吸収しつくした最も豊かな実りの時期は、実はその後、そのようにして蓄積した実りを四囲に放出するためにある。その放出ということこそが最も大きなピークであると。
 「燃えている手紙のようなからだの願い事」と題されたこの作品について、上記のような生命観が説明なしに観客に直観されるためには、作品の構成にも身体の見せ方にも、さらに何かが必要なのかもしれない。しかし、その話を聞いた先入観で観ていたせいかもしれないが、大声を上げた後の由良部の収束に向かう動きには、虚脱ではなく、衰頽でももちろんなく、何とも言いようのない豊かな広がりがあったように思える。これは生命観、次のステージのことを考えれば死生観ということだ。一般に衰えると言われていることについて、あるいは死に向かうことについて、こういうような捉え方をするなら、いわゆる外見的なピークの迎え方も異なってくるだろう。

 「ダンスの時間」では、何度目かから、作品の合間にぼくがディスクジョッキーのような形でコメントをするというスタイルをとっている。時々ご批判を受ける。作品に先入観を持ちたくないとか、評価を押し付けないでほしいとか、うっとうしいとか。実はこの由良部から聞いた内容を作品の前に話そうかどうか迷って、夕方公演では、「生命観と作品について非常に興味深いお話を伺いました」と示唆するにとどめておいた。これでお客さんは、生命について考えさせてくれるような作品なのだな、と思って観ることができるはずだと思い、それ以上は言い過ぎだと思って、とどめた。ところが終演後、何人もの人から、どんな内容だったのかと聞かれ、少々突っ込みすぎるかなと思いつつも、それに負ける作品ではないしと思い、夜公演ではやや詳しく説明したら、わりと好評だった。もしぼくが一歩踏み込んで説明したことによって、お客さんがこの作品の終盤を瞬きせずいとおしむように観てくれたのだとしたら、きっとそれはよかったのだと思う。
 それにしても、いつもコメントは、このように、ひやひやと手探りしながらなんです。

Yazaki  ヤザキタケシの「クルクルクルクルクルルルル~ン」は、小劇場版ということで、前半にチューブを通りすがりに発見するといったコミカルなシーンや、客いじりの場面を増やしたものの、大筋は変わらない。サウンドチューブをくるくると回して風のような音を出し、後半は自ら風のように、または風を起こして舞い回る.ふっとため息をついて、おしまい。これもまた単純といえば単純な構成の作品だが、その中でヤザキの魅力が存分に発揮されているのがすごい。
 なぜ彼は自分の作品に、しばしばコミカルな要素を取り入れるのか。おそらく彼はそれを動きの鮮やかさだけによってでも回収するすべを持っている。つまり、あえてシリアスだったり悲劇的だったりする場面をしつらえなくても、作品の中で提示した笑いを動きの魅力によってだけでも回収することができる。そのことでできた作品の振幅は、ずいぶん圧倒的なものなのだ。おそらく彼はある時点で、深刻さをこしらえて創る作品というものを放棄することに決めたのだろう。身体の動きや形そのものが持つ魅力だけで、彼はとても雄弁に人間を語ることができる。少しはにかんだような笑いを前面に押し出すことで、わざとらしく賢しららしい「いかにも」な作品というものを回避できているのは、やはりすごい。
 ところで、サウンドチューブだが、由良部さんも冬樹さんも、そしてこの週舞台監督を務めてくれた谷本誠さん(CQ。ちょっとユーモラスでプロフェッショナル、ありがとうございました)も、そして後日聞いたら岩下徹さんも、昔使った、持っている、使っている、何本も持っている、などという話になって、愉快だった。回転の速さによって4種類の倍音が出るようで、後頭部に働きかけてくるような不思議な音色がする。風を表現しながら日本的な「境地」のような世界に入ることがなかったのは、サウンドチューブのを生かしたからと言えるだろう。素敵な再発見だった。

Gen  17日(日)の作品だが、福岡から初参加の中島GEN元治「Shoes」も、同様に男性のソロ作品。余計なことかもしれないが、中島もまた20年以上踊り続けている40代の「ベテラン」である。LOCK JAZZをオリジナルとするということだが、回転などの早い動きを急に止め(Lockする)、その落差と止めのポーズのかっこよさを身上とするJazzダンスのスタイルだそうだ。ジャニーズ系のアイドルのコンサートやミュージカルの振付もしているから、そういうかっこよさを思い出せば、おおよそのイメージはわく。
 まず、そういうジャンルの男性ダンサーが、踊り続けていて15分近い中編作品を発表するというのがすごい。体力面でもそうだし、このような小さな会場で何のごまかしようもなく身体をさらそうとする精神にも敬服する。昨秋、サイトウマコトが福岡で「それからのアリス」を再演したときに群舞作品を上演し、アリスの中でもネズミを踊ったのが、そもそもの接点であった。華やかな世界も経験してきた人なのに、ダンスに対してあくまでひたむきな姿勢に魅かれ、出演を快諾してもらった。
 前日に中島のリハーサルを観て、失礼ながらやや硬さを感じたぼくは、どこか一ヶ所、やわらかくリリースを重視するポイントを作ってみたらどうですか、というようなことを提案した。赤いテープ、赤い布、椅子、靴という小道具を使ったこの作品は、物語的に解説すれば、束縛と抗い、居場所を探し、しかし安住することを拒んで、靴を履いて歩き出そうとする、男の半生の物語だといっていいだろう。その過程のどこかで、喜びに満ちた幸福感が出てくればいいと思った。それがLockするという彼のダンススタイルとどうなのかとも迷ったが、両者を対比的に観ることができたら、作品の幅が広がるのではないかと。
 結果的には、そんなぼくの意見とは無縁に、中島は舞台の上でLockし、解放し、幸福感に満ちた。特に夜公演では、踊りながら笑っていた。「中島さん、笑ってたね」と声をかけると、踊っていて楽しくてしょうがなくて、このまま終わらなければいいなと思っていた、と言っていた。
 前にひたむきさと言ったが、それに少年のようなという形容をつけたくなる。それはそのまま15日に出演した4人の男性ダンサーにも共通して見ることのできる魅力である。演劇では、自分が楽しいのではなく、仲間が楽しいのでもなく、観客が楽しいのでなければいけないと聞いたことがあるし、ダンスでもある意味ではそうだろうが、別の意味では、自分が楽しくないのに観客を楽しませることなどできるわけがない。もちろん、楽しいだけがダンスではないが、物語という外在的な流れを生きる演劇と、自己の身体を媒介とするダンスとの一つの違いだと言えるかもしれない。中島がこんな小さな劇場で観客を間近にして十数分のソロを踊るのは、ほとんど初めてのことだったと思う。失礼ながら、10年前の中島なら、もっとスピーディにシャープに動けたかもしれない。しかし、踊っていて、そのことの喜びをこんなにストレートに出すことができたのは、今の中島だからだ。

 40代から50代に入った彼らのダンスに接して、まずは「今の彼」のダンスを観ることができたことの喜びに満たされることができた。そして彼らのダンスをいつまでも観ていたいとも。「ダンスの時間」を始めた一つの目的に、マチュアな(円熟した)ダンサーに発表の場を提供したい、ということがあった。ある年代から「先生」になってしまうと、自分できっちりと作品を踊ることがなくなりがちになるのではないか。後進の育成も大切だが、自分が最前線で踊っていて、乗り越えられるべき存在として立ちはだかってれなければ、後進だってついてこないはずだし。もちろん放っておいても彼らは踊り続けるだろうが、そういうマチュアなダンスを提供する場が持てたことは、本当にうれしい。

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