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2009年2月

2009年2月27日 (金)

竹之内淳志さんを囲む会のお知らせ(とりあえず、の會)

とりあえず、の會からのお知らせです。

 「JINEN舞踏」として世界中を経めぐり踊り続けている竹之内淳志さんが、日本に滞在しておられるところをつかまえ、ヨーロッパやアジアを中心とした海外における舞踏の受容状況について、お話を伺います。

 小さな会議室で、ざっくばらんな会にしたいと思いますので、お気軽にご参加ください。

 会場の定員、また資料の用意などありますので、事前にご予約ください。

日 時■ 3月12日(木) 19:00~21:00
会 場■ 大阪市立北区民センター 第4会議室
Kitakumin 地下鉄堺筋線「扇町」駅2B出口すぐ
 JR環状線「天満」駅西すぐ
 ←地図(クリックで拡大)

参加費■ 会場費、資料代として、500円程度のカンパをお願いします。
主 催■ とりあえず、の會
予約・問合せ■ jonen-shozo@nifty.com

※竹之内淳志(たけのうち・あつし)
 1962年三重県生れ。'80年に北方舞踏派に入門。土方巽にも振付を受ける。'86年、「自然」より広くすべてを意味する「じねん」というコンセプトでソロ活動を始める。'96~'99年、日本の様々な土地風土、人や音楽から感じたままを即興舞踏にする吟遊舞踏「じねん」ツアーにて日本全国600ヶ所で公演。この間に大野一雄・慶人の宇宙観にふれ、師事。'99~'00年、じねん舞踏「太陽と月」にてヨーロッパ・アジア12ヶ国をめぐり、自然や歴史的な場所で公演し、その映像を記録。現在はヨーロッパを拠点に活動している。これまでの経験を基に、あらゆる状態や環境とのつながりで人のうちから生れる千差万別の真情や動きを《じねん舞踏の基礎》とし、それら内からの動きを世界共通の身体言語として捉え、様々な国のアーティストと作品を共同制作。

竹之内さんの映像↓(Youtubeでtakenouchi jinen)で検索すると、たくさん出てきます。

【本】大野一雄 石狩の鼻曲り 石狩川河口公演記録集

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2009年2月19日 (木)

contact Gonzo「the modern house---或は…」

「the modern house -- 或は灰色の風を無言で歩む幾人か」project MINIMA MORALIA 1/3
2009年2月11~20日 大阪府立現代美術センター

 contact Gonzoのライブの時間の中にいると、それを言葉で語ることがいやになってくるから、この文章の存在自体、矛盾している。ここではそれごと語りながら、contact Gonzoの外周をぐるぐると回るようなことをする。

 殴り合いを方法論として選んだところから、彼らのセンセーションは始まっている。そしてそれは、想像可能な陳腐さをはじめから持っている。だって、殴り合うんでしょ?となれば、そのことで観客の中に起きる情動は、十分想像できる。
 そのことについて、身体性や直接性、暴力の復権、ましてや、近頃の子どもたちは直接的なコミュニケーションを体験しませんから、というような言葉による意味づけは、陳腐で無意味である以上に、矮小化以外には機能しない。
 と思うから、彼らを言葉で語るのは、いやだ。

 彼らが、ライブの回数を重ねて、そのパフォーマンスが熟練、成熟、洗練するということはありうるのだろうか。確かにそれらしいことをポストパフォーマンストークで語ってはいたが、それは具体的、直接的には、殴り殴られることで生じる根拠のない憎悪のような感情のコントロールがうまくなったということであって、パフォーマンスという作品の全体性から見れば、重要ではあるが細部であるだろう。
 殴り合いながら、クールであり続けようという意思が存在していることは、パフォーマンスのさなかに写真を撮ったり、ペットボトルの水を神経質なほどに適切に配置したり、互いのアイコンタクトなどを目にすることによって、想像できる。理由なく殴り合うという冷静さを保持し続けることが、重要なのだろうと想像できる。

 彼らのパフォーマンスについて、最も不思議に思うのは、そのさなかに写真を撮ることだ。そのことの効果は、よくわかる。殴り合いやにらみ合いのさなかに「写真を撮る」という行為を置くことによって、感情的で無計画な暴力の応酬だと思われていた行為が、途端に冷静なものに見える。その舞台の上に冷静な第三者の目があるかのような装置として機能する。効果はわかるが、なぜ撮るのかはわからない。行為の記録を写真として定着し、あとで展示するというインスタレーションを指向しているからか。そうなら、このライブの目的は、ライブそのものと、その記録写真(や映像)の展示とに、重層していることになる。もちろんそれはそれでいい。それにしても、外からの撮影者による記録ではなく、行為している者(パフォーマー)による内部からの記録であることが、その一見の冷静さや客観性を留保する。
 彼らの「記録」ということへのこだわりについては、機関誌「contact Gonzo magazine」(the weather report issue)の発刊にも見て取れる。素朴に受け止めて、その営みを「残したいのか」という問いを置いてみると、ますます事態がよくわからなくなる。ページを開くと、彼らの行為の記録や、海外ツアーでの一こまと思われるようなスナップがダイナミックに並んでいるが、いわゆるキャプションがないので、いつどこで撮られたものかはわからず、記録という価値は、少なくとも外部の者には、低い。
 一般的な意味での記録であれば、外部から、部外者が撮影するものこそ、客観的な記録として重要なものだと思われる。もちろんそこには客観的なデータが添えられる。いや、その前に、行為者自らがカメラを持ったという作品を、あまり知らない。思い出すのは、最近のオリンピックの開会式や閉会式で、選手たちがカメラを持ってはしゃいでいる姿だが、以前はそのような記録のしかたはなかった。
 その写真を見てみると明らかだが、殴られた瞬間や直後のゆがんだ顔が撮られてはいるが、その集積がかれらのパフォーマンスの全体像であるとは言い難い。それらは何を記録し再現するものなのか。

 彼らのパフォーマンスのうち、特に殴り合いに焦点を当てると、それを見ることは、第一義的に身体的に直接性が伝染することだ。よくダンスを観ることは踊ることだというような言われ方をするが、殴り合いを見ることは、その痛みが距離を越えて伝わってくることだ。しかしそれだけなら、ボクシングを見る経験と変わらない。
 また平凡な答えを用意するが、ボクシングは勝つことに様々な意味や価値が待っている。街場の殴り合いには、対立や怨恨や怒りといった、相手を倒すための根拠がある。しかし、彼らの殴り合いには理由がない。理由なく人が人を殴る。だから芸術的行為であるのだと、保証されているわけか。

 今度はゆっくりと、無茶な答えを用意する。2月15日(日)、大阪府立現代美術センターは休館日だから、山へ行く、というイベントに参加した。contact Gonzoの出発点、ルーツであるともされている「ゴンゾ岩」(と彼らが勝手に命名した)を見に行く、というのが一応の目的であったはずだが、別にそのことが強調されたわけでもなく、ゴンゾ岩に着いたからといって何かが説明されたわけではなかった。ちょっとしたハイキングだよと聞かされて気楽に参加したぼくたちは、峻厳な岩山をよじ登り、高座から荒地山のしょぼい山頂にたどり着き、厳しい下りに道を失いそうになりながら砂防ダムを越え、2頭のイノシシ(写真)に遭遇し、ほうほうのていで出発地の阪急芦屋川にたどり着いた。
Image048  このイベントにどのような意味があったのか、わからない。その「ゴンゾ岩」なる平らな岩で、かつてどのようなことが行われ、それが現在の彼らにどのように接続しているのかといった言葉での説明は全くなく、岩にたどり着いたぼくたちは、ただ昼食を広げ、塚原はカセットコンロでお湯を沸かしてインスタントコーヒーを入れてラーメンを作り、三ヶ尻は、さて、何を食べていたのだったか。
 面白いことに、普段登山や運動もしていないぼくたちは、その後何日か、激しい筋肉痛に苦しめられることになるわけだ。その痛みの中にあって、ぼくは今考えている。痛みの哲学、である(笑)。なぜこのような痛みに遭ってまで、あのようなことをしたのか、よくわからない。もちろん、山登り自体は天候にも恵まれ、結果的には大変気持ちよく、ある種の達成感に似たものも獲得したような気はするが、正直なところ、だまされたような気もしているのだ。
Image043  まるで彼らのパフォーマンスのようだ。10時集合、15時半解散という、イベントとしてはなかなかの長丁場だったのも、それのようだ。
 山登りの間、塚原も三ヶ尻も、写真などの記録をとっていなかったのも、今にして思えば面白い。うがった見方をすれば、この山登りのイベントの主体は、彼ら以外の参加者すなわちぼくたちであって、ぼくたちの脚の痛みが世界とのローファイなスパークであり、ぼくたちが携帯電話やカメラで撮っていた記録が、可能態としてはインスタレーションになりうるのかもしれない。

 ぼくが彼らを定義することはないだろう。何かではなく他の何かでもないのか、何かあであり他の何かでもあるのか、あるいはそれらの複合体であるのかもしれないが、その出発点であると自ら宣言する「殴り合い」をしなかった時、彼らが「contact Gonzo」であるのかどうか、それすら外部が定義することではない。以前、「ダンスの時間」に垣尾が出演した時、三ヶ尻、加藤、塚原、そして白藤によるそのステージは、 contact Gonzoのステージから殴り合いを引いただけのようなものだったが、垣尾はそれは contact Gonzoではないとしていた。当然のことだが、彼らが何者であるかは、彼らが決める。ある完結したものとして始点と終点が用意されているのではなく、不完全さや通過すべきポイントとしてたまたま終端が用意されている。上位の概念であるとか、意味とか効果とか、何かに回収されることのない、そのもの、であることを保持するためには、意味づけの誘惑に堪えて、何ものでもない状態で居続けなくてはならないのだろう。

 思い返せば、ぼくがダンスを見始めたのは、何ものにも回収されない、なまの身体、存在、動きであること以外の何ものでもない動き、がほしかったからだった。遡れば、ぼくが現代詩に魅かれたのも、意味に奉仕しない言葉というものが存在しうる可能性を探りたかったからだ。
 そのようなことは、可能なのだろうか?

http://www.youtube.com/watch?v=PyszOAzaVIQ

(2月11日opening performance, post performance talk、15日「contact Gonzoは山へ行く」に参加)
 

フルコンタクトスプーン&スプーンレスト

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2009年2月14日 (土)

楽しさはどこへ行くのか--BISCO、今貂子と倚羅座

 たまたま同じ2月7日に、女性ばかりの全く対照的な作品を観たものだから、つい比較して語ってみたくなる。一つはBISCO「読17~ザ・ビスコテン(完全版)」(アイホール、伊丹)で、一つは今貂子と倚羅座「鯉つかみ」(五條楽園歌舞練場、京都)だから、比較も何も無謀というものだが。
 BISCOの「ザ・ビスコテン」はもちろん「ザ・ベストテン」をもじった大変楽しい舞台で、街で見かける女性のファッションをいくつかに分類し、そのランキングを言葉(ナレーション)と動き、表情、音楽(主にJ-POP)でつづっていくもの。以前KAVCで部分上演されたものの、「完全版」である。
 たしかNo.1は「ピンクな女」だったように思うが、ヤンキー系とかロリータ系とかキャリア系とか、いろいろ楽しませてくれた。一番ウケていたのは、チェッカーズの「ギザギザハートの子守唄」に乗せて展開するヤンキー系で、戎敦子諏訪百合子がパンツ姿のヤンキー、松本芽紅見がフラッパーガールのような役どころでヤンキー用語の解説が混じったり、ガンを飛ばしたりと、にぎやかなことであった。
 構成・演出の小夜里は、あえて世間のステレオタイプに委ねるように即して、軽く笑い飛ばせるようなランキングに仕立てている。そのステレオタイプと耳慣れた(またはどこかで聞いたことのあるような)曲、よくできたお話のナレーションを背景に、動きはその範囲の中で、歌詞や言葉をなぞってマイムに近いような流れで進行する。そこには逸脱や転倒はなく、子どもから大人まで楽しめるようにできている。中には、松本や延田愛子が非常に優雅に美しく踊るピースもあって、その部分はいかにもダンスの作品らしくしつらえられている。
 彼女たちはある感情や感覚、雰囲気や世界というようなものの伝達ということに、どの程度の信を置いているのだろうか。世界が享受者の中で完全に再現されることを願って、これでもかというぐらいにたくさんの道具立てを使っているのだとして、それは伝達への絶望から発していることなのだろうか。それとも、究極的には世界は享受者の中で再現可能であると思っているのだろうか。
 あるいは、世界とここで呼んでいるようなものについて、それには一般的に雑誌やテレビで語られているようなステレオタイプを超えた何ものかがあるという仮定はもっていなくて、ステレオタイプや表面性に身をゆだねることに意味を見出しているのだろうか。
 それこそ、こちら側がある種のステレオタイプに陥っていることを自覚せざるを得ないのだが、彼女たちがステレオタイプをなぞればなぞるほど、その姿勢の直線性に対して懐疑的になってしまう。いったい彼女たちはどの程度本気でステレオタイプに身を沿わせているのか。あるいは、どの程度本気でステレオタイプを鼻で笑っているのか。
 どうしても、それは小馬鹿にしているか皮肉でやっているに違いないと思ってしまうこと自体、ぼくの態度に問題があるとも思う。しかし、一貫して歌謡曲や物語に身体の動きを沿わせる作品を創り続けている彼女たちの本当の狙いはどこにあるのか、と訝るように思ってしまう。単純に考えるなら、耳に甘い曲や言葉を流し込むことで、目に身体の動きを鮮やかに送り出すことを目的に、戦略的な方法論であるに違いないのだが、残念なことに、動きにそれほどのきらめきが見られない。
 記憶をたどれば、以前はもっと爆発的な何ものかがあったように思う。運動の速度や量の問題というより、おそらく今回の枠組み……ファッションショーのようにまずはキャットウォークをモデルのように歩いて見せ、それを言葉で解説し、笑いを取り、それに合った曲で踊る……が、メドレーのように身体の動きの興奮が連続して螺旋状に増幅することを妨げ、切れぎれなシーン限りの興奮にとどめてしまったのではないだろうか。
 また、ファッションショー形式であったために、着替えの必要からだろうが、メンバー全員が一同にそろうピースがほとんどなかったのも残念だった。

 今貂子と倚羅座は、前回に引き続いて五條楽園歌舞練場で、会場の特性と魅力を最大限に活用した、祝祭絵巻を展開した。
 その会場や会場を取り巻く場所のもつ魔力(? お茶屋街と思っていたが、某大学教授は界隈で客引きに遭ったらしい)のシンボルとして、場の持つ力については、前回の公演について「dance+」上で少しふれたので、あまり繰り返す必要はないが、舞踏のもつ様々な要素の一つである前時代的な祝祭性について、これほど的確にその再生を促す空間は、ちょっと見当たらない。今回はしかも囃方を加えて、舞うのは女性だけとしたために、いっそう華やぎが増したといえるだろう。
 しかし、増したのは華やぎだけではない。鯉をつかむというタイトルからも想像がつくように、舞い手がパクパクと口をあけて鯉の滝登りのように上昇していこうとする様は異形を通り越してコミカルでさえあった。その他にも、南弓子が三輪車に乗って疾走したり、今が紅白歌合戦の小林幸子の衣裳かと思わせるような姿で現れ、その裾から舞い手がぞろぞろと這い出したりと、観る者の口が鯉のようにポカーンと開いてしまうようなシーンが次々と現れる。鳴海姫子のお姫様のような舞い踊りはまことに愛らしかったし、外国人たちの腰高な動きは、失礼ながらユーモラスでさえあった。鯉というモチーフが次々と展開し、縁起のよい楽しさの中に、笑いが起きる。
 ふと、舞踏ってこんなに楽しいものなんだったか、と思ってしまう。おどろおどろしい、情念、存在の根源、本来的自我への掘削、異形のもの、といった舞踏のもつ暗い側面が削ぎ落とされ、芸能性、祝祭性のみが残っているように思えてしまう。
 つまるところ、舞踏とは何か、ということを、このカンパニーに限って考えてみようとすると、下世話な発想かもしれないが、ふんどし姿になって尻の肉を見せ、乳房を露わにするのは今貂子ひとりであることは、関係ないことだろうか。脱ぐ脱がないということばかりにこだわるつもりはないが、ある部分では象徴的なこととして、脱ぐのは今ひとり、という事態が起きているように思われる。
 もちろん、舞踏の祝祭性、娯楽性を否定するものではないが、祝祭と背中合わせの供犠、それが抱えもつ聖性、聖性と裏腹の暗黒、がきっちりと見えてこないと、祝祭が上滑りなものとなり、本来の聖なるものが弱体化してしまうのではないか。
 実際のところ、本当に楽しく、満足感にあふれた舞台だったのだ。ぼくはただのないものねだりをしているのかもしれないが、この鯉づくしの見立ての面白さや形態模写のような楽しさは、確かに舞踏のある部分からスタートしていて、何らかの形では本質的、根源的なものをあらわす方法の一つであることには違いないだろうが、なぜ人が鯉になる必要があるのかというところで、今貂子の身体から毒々しさのようなものが立ち昇る場面以外では、何かがスルーされているような気がしてしまう。
 この日の公演に限っては、これら二つのカンパニーには、外側からしつらえられた枠組みがきっちりしていることはよくわかったが、その枠組みに対して、身体そのものがあふれ出ようとして、内側からガンガンと音を立てて崩してしまおうとするような暴発力は抑制されているように見えた。

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