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2009年9月22日 (火)

香寿たつき他『天翔ける風に』(9月3日)

 元・宝塚歌劇の香寿たつきが主演するミュージカル『天翔ける風に』は3度目の上演となる。最初は2000年で香寿はまだ在団中、専科に配属されている時期に、外部出演の一環として。2度目は6年前で、退団後の初出演作として。そして今回は、野田秀樹の東京芸術劇場芸術監督就任にあたって、選ばれての上演ということだそうだ。

 若干の説明が必要となる。この作品は、野田の『贋作・罪と罰』を基に、元・宝塚歌劇で振付家のの謝珠恵が演出・振付したもので、初演時から、野田の世界がミュージカルになどなるものかと言われながらも予想を超える好評を得、ドストエフスキー、野田、そして香寿の組合せが、謝によって無国籍料理のように絶妙なマリアージュになったといっていいだろう。また、毎回共演する男優陣の充実ぶりも目を見張るものがあり、目利きとしての謝の確かさも窺われる。

 ぼく自身も3度目の観劇となるが、やはり今回も新鮮な驚きに近い感動があり、幕末という激烈な時代を背景に、まずは思弁と行動の間を激しく往復する群像の、強烈な速度と激しい殺陣を中心とした動きに圧倒された。

 また、印象に残る主要な歌をうたう人物が8人もいるというのが、舞台の厚みをつくっている。今回でいえば、香寿のほか、山崎銀之丞、戸井勝海、今拓哉、阿部裕、平澤智、劔持たまき、福麻むつ美、である。

 きちんと過去の公演と比較して語るのは難しいが、目立ったのは、ダンスの激しさが増したこと、香寿の柔らかさが洗練されたこと、と言えるだろうか。

 その結果、作品の主軸が多少移りもし、明確にもなったように思える。

 まず、ダンスの激しさが増したことで、民衆のエネルギーが時代の底流から表面に顕在化させるという効果を大きくしたように思われる。それにはもちろん、いくぶんかは市民から公募したという「ええじゃないか隊」が加わったことで人数の力が増したことがあるが、皮肉でいうのではないが、ええじゃないか隊とプロのダンサーとの、あまりの速度やキレの違いに、喚起されたものもある。エリート性というのではないかもしれないが、錬磨された者が持つ先鋭性が、やはり時代をも引っ張っていったのだろうかというような思いや、その庶民の姿の延長に、英の父である甘井(阿部裕)がいたのだろうかというような解釈の広がりだ。

そして、やや先入観もあるかもしれないが、香寿に柔らかさが出てきたことによって、英の理論と感情の振幅のようなものが鮮やかに対比されることになったように思う。そのことで、才谷梅太郎(実は坂本龍馬。山崎銀之丞)との関係性にふくらみとメリハリができ、才谷の包容力が大いに発揮され、ドラマの悲劇性と希望の大きさが広がったことは確かだろう。

関西では平日1回だけの上演というのは残念だったが、また機会を作ってほしい。

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