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2010年10月 4日 (月)

身体の超越点とそこに訪れてくるもの(イマージュ48号掲載))

身体の超越点とそこに訪れてくるもの

 ボヴェ太郎という「ダンサー」は、いわゆる踊ること、身体を動かすことに興味を持っていないように見える。昨年12月に神戸大学で行われた古典サロン『場との交流(コミュニケーション)』の野外パフォーマンスでもそうだったが、今回の『陰翳-おもかげのうつろい-』(410日、旧岡田家住宅、伊丹。旧岡田家住宅は、1674年に建てられた酒造家の店舗兼住宅で、国の重要文化財)では、与えられたまたは選び取った場を息づかせることをこそ願っているということが、はっきりと示されたように思う。

 土間に設えられた観客席から、店舗と座敷を見るという形の舞台で、ボヴェが観客の後ろのほうから、何の物音も立てず、気配さえ殺しているように現われた時、しばらくは気づかない人も多かったようだ。照明(筆谷亮也)や音響(原摩利彦)は、効果的に最小限に絞られ、ダンサーをことさら強調したり、ドラマティックに演出したりはしない。能の橋懸りをゆっくりと歩むように、観客の前に姿を現したボヴェは、基本的には、歩を進めるということを動きの中心に置き、飛んだり跳ねたりといういわゆるダンスをするわけではない。普通なら、背景となる劇場空間や舞台装置を「地」であるとすれば、ダンサーや役者は、その前で光り輝く「図」となって注目を浴びるわけだが、ここではボヴェは背景に溶解している。

 さらに、ぼくの席からは、柱の陰になってボヴェが見えないことが多かったので、最初のうちは首を伸ばしたり体を左右にしたり、何とかして少しでも見ようとしていたのだが、やがて見えないことが苦痛でなくなった。それは、ボヴェの身体や動きが見えるか見えないかということが、この作品を享受することにとって、それほど大切ではないのだな、と実感できたということだ。その後も、あまりの暗さに、また柱や建具の陰に隠れて、ボヴェの姿がよく見えないことが多く、普通なら非常にいらいらするものだが、多くの人に、あ、見えなくていいや、と思わせたプロセス、そしてその理由は、いったい何だったのか。見るとは、どういうことなのか。あるいは、ぼくたちがある舞台作品を見に行くとは、どういうことなのか、という問いを置いて、考えを進めていこうか。

 旧岡田家住宅という空間に、呼ばれる。そこにかつて人が起居し、当たり前の生活があったことを想像し、行灯や蝋燭の灯りの下で、人々がどんなものの見方をしていたのか、ものがどんな見え方をしていたのかに、思いをはせ、目を凝らす。何よりも、この空間に1時間以上もいるというのは、得難い経験だ。場所の高さ、隙間風、におい、暗さ、奥行き…ぼくたちの皮膚感覚に訴えかけてくるありとあらゆる刺激…いや、刺激と呼ぶよりは、何かもっと静かでそれ自体パッシヴなもの…を感じるために、五感をすますこと。そうするに当たって、ボヴェの姿が見えるか見えないかは、実にどうでもいいことだったということだ。そこにボヴェがいることが感じられれば、そこにいるはずのボヴェが中心点となって、空間とぼくたちの意識が凝集することができたのだ。

 それでは、ボヴェの動きないしは身体は、どのようなものだったのか。簡単になぞらえることができるのは、能役者の動きだろう。橋懸りのような設えや、柱があることも含めて、能とのアナロジーを言い立てることはできる。上半身をほとんど動かさず、すべるように、空間に浸透するかのように現れ出てくるのが、印象に残っている。空間に身体が入り込むことで、空間を溢れさせたり新たに圧を加えたりするのではなく、空間に身体が同化するような現れ方。そこでぼくたちは、身体に同化された空間というものを全身で味わうことになる。この時、ふだん屹立した身体をばかり見慣れているぼくたちは、大いに戸惑うことになる。それが、まず「見えない」ということだったと言っていいだろう。

 見えないという状態を受け入れた上で、意識をボヴェとい心点に凝集させるということは、自然の流れに委ねていてそうなるというものではなく、実は相当高度に能動的な作業を行なっているということになる。舞台上から見せられるものを見ているのではないからだ。このこと自体が能とのアナロジィであることは、「待つという姿勢が場を形成するのであって、わたしは、ただ見るのではない。準備し、参加し、融合するのであるらしい」(『能-神と乞食の芸術』、親本は1964年。『戸井田道三の本3 みぶり』所収、1993年、筑摩書房、p174。傍点は原文)という戸井田道三が能について語った言葉からも、わかる。「もしわれわれが歌舞伎を見ているようなのんきなゆとりのある気持ちで見ているとしたら、能のシテはなんにもせずに舞台のまんなかにぼんやりしているにすぎなくなる。だから、それが抑制の極限における不動であるのを感じるのは、観客のがわに不動であることの内容を証明しようとする迎える見方があるのだ。これが能の観客の態度なのであって、そのような特別の態度をつくり出すのが、能舞台なのである」(同書、p189、傍点上念)という戸井田の言葉を、ほとんどそのままこのボヴェの公演に当てはめることができそうだ。

 「迎える見方」という言葉は、観客の態度のありようを言っている。能舞台という設えそのものの中に、このような見方を醸成するものがあるということを、丁寧に説き明かしている。残念ながら、コンテンポラリーダンスが上演される舞台には、ほとんどそのような設えはない。しかしぼくたちは(本誌46号でふれたことだが)、「作品を積極的に享受しよう」という態度で作品に向かうことはできる。そうすると、舞台の向こう側から、思いもよらぬものが舞い込んでくることがある。ポール・クローデルは、「

劇(ドラマ)、それは何事かの到来であり、能、それは何者かの到来である」と書いたそうだが(内藤高訳『朝日の中の黒い鳥』1988、講談社学術文庫、p117)、現代のダンスでも、突然何ものかが襲いかかってくるような舞台に出会うことがある。

 今貂子+倚羅座舞踏公演『孔雀船』(32022日、五條楽園歌舞練場、京都)で今が見せたソロは、明らかに時間と空間の質が変わったようなとんでもなさを実感させるものだった。もちろん、この公演の場合も、会場のもつ…何と言えばよいのだろう…妖気の華やぎのようなものが、大いに背中を押したには違いないが、逆に今が自らの眼ざしを虚空に押し込める変化(へんげ)が、会場のあやかしを叩き起こしたようでもある。観客を睥睨するように視線や表情を強め、首をろくろのようにすばやく動かしたかと思うと、その速さが全身からにじみ出て、あっという間に今が今という個人ではなくなっていた。

 こういうものを見せられたのは、本当に久しぶりのことだった。今のソロは、そこまでの舞踏手たちのあらゆる華やかなあらわれを、すべて掬いきって内奥に封じ込めた上で昇華させ、わが身に引き受けて変化する、後ジテのようだった。今は、作品全体に向かって、到来する何ものかとしてあらわれたと同時に、今自身の中に何ものかがあらわれていたのだ。それは、舞踏というものが本来もっている、自我の内奥から何ものかを引き出してきた時に、特殊でありながら、それが瞬時に普遍であることが可能であるというパラドックスを実現してしまう、奇跡のような変化のあらわれだったのだと思う。

 さらに、これはきっとぼくはうまく説明することなどできないだろうが、アンサンブル・ゾネの『Fleeting Light つかの間の光』(22728日、神戸アートビレッジセンター)を観ていた時に訪れた、何ものかのこと。

岡登志子の振付・構成・演出によるこのカンパニーを、ずいぶん長く、15年以上観ていることになる。絶対に何かのようではない、比喩とはならない動きが印象的で、硬質な世界をつくるカンパニーだ。今回も、空間の中の身体が、なるべく大きく容積を占めることができるように動くことの面白さや、一方で構成としては分節されやすそうな明確なマトリクスを楽しみながら、時間が過ぎていた。そこに突然、中村恩恵が、ある種の佇まいとして異質な空気をまとってあらわれたことが、第一の驚きだった。

 垣尾優を見ながら、稲垣足穂に出てくる月夜に徘徊する紳士のようだなと思ったり、伊藤愛のソロは直線的で強いなと思ったりしているうちに、両腕をいっぱいに使って身体の回りの空気やら何やらをがむしゃらに集めてくるような動きを見ていて、ふと、あ、ぼくはここで踊っているこの彼/彼女たちよりも先に死ぬのだなという思いに襲われた。

 年齢的にいえば、それは当然のことであるし、冷静に数えればそういうことになる。しかし、これまで様々なダンスや演劇を観て、そういう思いにとらわれたことなどなかったような気がして、とても不思議に思った。時折一人白い服で現れる岡本早未の存在に改めて気づき、いろいろのことが重ね合わさって、いくぶん控えめに、あぁ、これは、ピナのことなのだな、ここには、そうか、と腑に落ちた。

 ピナ・バウシュは、2009630日に68歳で帰天した。フォルクヴァンク芸術大学クルト・ヨースに師事している。岡登志子も同じ大学で学んだ。作品については極端に寡黙な岡は、そのことについて何も語っていないようだが、ぼくがなぜふと死を思ったのか、波のように繰り返される音(音楽は内橋和久のライブ)に浸り、岡と中村が延々と繰り返す両手でざくざくとかき分けるような動きを見ていて、今度は、この同時代という時間、この世界という空間の中で共にあることの尊さや痛ましさのようなものが襲ってきたことが、岡の寡黙の中から現われ出た特異点であるように思われた。まさに「何ものかが到来」した。

 それがなぜ起きたのかということを、ぼくはうまく説明することができない。ただ、その聖なる時間と事件を結果した、空気の中を漕いでいくような一連の動きが、少しも超越的でなく、聖性を感じさせるものでなかったことには、大きな驚きと深い敬意を抱いている。その動きは、日常的とはいえないかもしれないが、どちらかといえば、洗練された流麗な美しいものではなく、不器用そうでがむしゃらで、美など意識する余地のなさそうなものだった。おそらくは、ぼくたちにとって何ものかとは、このようにして招き寄せられるものなのだろう。

 つまり、オーラを排した身体からでも、遺憾ながら(?)聖性が湧出する。たとえば、吾妻琳の身体は、たまたまここに居合わせてしまった存在であるような気分を漂わせていて、所在なげに居心地悪そうにいるのが、とてもいい。逆オーラとでも言いたくなる、そんな吾妻の魅力がふんだんに振りまかれたのが、旧グッゲンハイム邸で上演された神戸塩屋音楽会『春灼熱』(313日)だった。『孔雀船』でも、求心力のある傾斜の強い踊りを見せた南弓子との即興で、前半は島田篤のピアノ、後半は山沢輝人のサクソフォンとの競演。周囲を見えているのか見ていないのかわからない、少し猫背の危ない人のような表情をたたえ、とても踊る人とは思えない姿勢で現われ、いつの間にか表情や風情はそのままに、空間を別の次元に変えてしまったような不思議を現出させる。

 吾妻が面白いのは、憑依や変化というような変身を強調せず、その平常な佇まいのままに観る者を引き込み、いつの間にか我を失ったような異界の感覚に引きずり込んでしまうところだ。よく見れば、吾妻が没入した時には、目の焦点が合わず、何も見ていないような状態になっていることもわかるのだが、それすらも日常からのなだらかな延長上にあるように思われる。

 では、ごく日常的な生活空間をそのまま舞台に引き出してくるようなことをした場合、どんなことが起きるのだろう。ウミ下着の『あの娘の部屋に行こう』(41618日、シアターsenka、大阪)を思い出してみよう。

 開演前に、インスタレーションとして会場内に虚構の部屋を作り、「あの娘」のプライベートを盗み見るという趣向がある。そこで構成・演出の中西ちさとがだるい時間を過ごしている。部屋にはぬいぐるみや本棚、冷蔵庫、レンジ、ドールハウスや服があるのが見える。「朝、何よりも先にパソコンの電源を入れる。昼、ご飯が喉を通らない。夜、眠りたいのに眠れない」(チラシより)という日々を過ごしている、20代半ばの女性のプライベート空間である。この空間はやや子どもっぽく見えもするが、この女性の現在の現実であるのだろう。

 日常の時空間とダンスが共存できるようになったのは、ポストモダンダンス以後のことだ。しかし、特別なコスチュームを着けず、クライマックスを作らず、超絶技巧を見せず、日常も現実の身体をも超越しないとしながら、他者にそれを一つのイデオロギーであるかのように主張されることへの戸惑いやわだかまりを、ぼくたちは何となく抱えている。ミニマリズムのもつストイックで満足げな表情を目にすると、そういう安住の地を得ていることをうらやましく思わないわけでもない。

 ウミ下着は、自らこしらえた日常空間の中で、はみ出ていく自らの身体に苦しんでいる。一方で、居心地のいい物語の中の居場所も作っておきたいし、ちょっと特別な時間も味わいたい。そういうごく普通の感覚を、嘔吐や忘れ物癖、日記の朗読、そして終盤で電話に出て「今から行きま~す!」と声を輝かせ出口に向かって疾走するといった形で、丁寧に描き出した。ここでダンスは、フォークダンスだったり、ラジオ体操かお遊戯のような動きだったり、普通の女子の昂揚した形であることを示していくが、やはりダンスとして設えられた動きであるよりも、服を奪い合ったり、倒れて水を飲むしぐさであったりという日常的動作のほうが、時空を突き抜けていく力を持ちえているように見える。終盤で、4人がほぼユニゾンで着替え、食事をし、化粧をし、電車の吊革を持つという動きになるが、電車に揺られているという震えが、いつか内発的な震えになっていくのも、当然の展開だといえるだろう。

 身体の生理的な重しに溜息つきながら、超越的身体であることに若干の憧れを抱き、でも超越なんてできないよね、とあきらめているんだけど、日常の中のちょっとしたドラマにはしがみついてしまうような心持ち。そういうものが、イデオロギッシュな言葉ではなく、作品の中を疾走する速度として提示されているのが、ウミ下着の魅力だ。超絶技巧を持っているわけでもないし、憑依するシャーマニックなものでもないし、特別な美人というわけでもない彼女たちの身体が、日常の中で疾走する場面を拾い出せたのが、大きな意味のあることだと思う。

 シアターsenkaは、環状線の高架下にあるギャラリー空間だ。のべつ電車の通過音が騒がしい。併演の0samen『駅前でガーベラを売るあの娘みたいになりたい』(構成・演出・出演=吉田祐)も厳しい倒錯的な自傷が強く印象に残る、硬質なパフォーマンスだった。まずはこの小さく魅力的な騒々しい空間で、その特性を自分たちの味方につけて、この二つのユニットのプロジェクト「About a」がスタートしたことを、喜び応援したい。

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