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2015年3月28日 (土)

大阪芸術大学大学院 芸術研究科 舞台領域 第17回修了舞踊公演

2月25日

大阪国際交流センター 大ホール
 
 プログラムの堀内充 准教授の「近年のわが国における舞踊芸術はいまだに右往左往し、その定見のなさ、自信のなさを暴露している」という文章に、まず様々な意味で打たれる。この後堀内は、「舞踊テクノロジーを蓄積させ気概を持って望む本公演の若者たちの姿」としているので、一定のテクノロジー(技術)を身につけて、オリジナルな創作作品に立ち向かうことをよしとしていることが明らかになる。

 この公演では、博士課程後期在学生の習作2点に続いて、前期修了作品1点、後期修了作品2点が披露された。習作についてはワーク・イン・プログレスのようなものなので、特にふれる必要もないかと思うが、高田麻衣「MERMAID」はドラマティックで耽美的で、面白かった。

 前期修了の村瀬亜衣良「楽園」は、子供の世界の排除、いじめ、復讐というようなことを、虚実の時空間を入り組ませて8人のダンサーで複雑に描く意欲作だと思われた。ダンサーの動きは鋭く、時空の混淆をパラレルに、また螺旋的に描くにふさわしい。ただ、その螺旋が収束する一点に向かっているのかどうかが見えにくく、観ていて疲労を覚える。おそらく、それがこの作品の眼目だといっていいのだろう。「藪の中」ではないが、たとえばここで殺された者がいたとしたら、それはいったい誰なのか、ナイフの行き来を追うことに忙しく、いっそナイフを使わないほうが作品の混迷はシンプルに深まったのではないかと思わなくもない。どこかで単純化することを企んでもよかったのではなかったか。

 後期修了の森田玲子「Excessive」(写真。森田のFacebookから)は、ダンサーが客席から出てきて、旅する者/彷徨う者のような宮原由紀夫 、トゥシューズのバレエダンサー(杉浦愛理)を中心に、技術の高いダンサーが緩急のある動きを展開する複雑な作品。一度観ただけでは、その2人や周囲の関係性の成立または途絶している様、その背景が把握しにくく、様々な想像をめぐらせながら観るのだが、動きと展開がめまぐるしく、想像が形となる前にシーンが流れてしまい、己が想像力・理解力の貧しさが残念。あるいは、反-物語的な物語として見れば、断片のきらめきと連続性の困難において、面白みを見出すこともできるだろう。

Excessive

 動きの速度や性質、人間関係の複雑さ、作品の枠組みの強さなどから、もっと濃密な、さらに耽美性や倒錯性を帯びうる作品だと思うが、結果的に宮原を大きくフィーチュアした作品となり、その印象が強くなりすぎたかもしれない。

 設定や展開のめまぐるしく複雑な作品が多かったが、シンプルな中に掘り下げの深さで新しい世界を提示してくれる作品も見たい。

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