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2015年3月28日 (土)

ピッコロシアター「マクベス」

2月20日

兵庫県立芸術文化センター 阪急中ホール
翻訳:喜志哲雄
演出:ジェイスン・アーカリ 

Macbeth


 写真からもわかるように、「マクベス」の舞台を現代、といっても20世紀初頭に移した演出で、ワイマール時代の混迷とマクベスを重ね合わせることを意図した演出。演出家のアーカリは、英国生まれで演出家、教育者でもあるという。

 これまで出口典雄のシェイクスピア・シアターや東京グローブ座の招く外国人演出で、現代に時代を移したシェイクスピアをいくつか見てきたが、今回の演出は、少し中途半端だったように思う。おそらくはベルリンのキャバレーを意識したのであろう三人の魔女、バンクォーが殺される街路の造形、パーティーの様子などにその時代性が反映されていたのだと思われるが、ワイマール時代といっても、既に100年近い前の、歴史の彼方のことである。その微妙で困難な時代とマクベスの時代とを照応させるには、観客であるぼくたちの予備知識は乏しく、日本で言えば戦国時代前夜を大正デモクラシーの時代に移して翻案した芝居を、現代性があるといわれてもぴんと来ない、というようなものではないか。

 さらに問題は、その時代性の移動を、役者が身体に練り込むことができていたかどうかということだが、それが最も求められ、最も難しく、またここでは歌もダンスも求められて、しどころがあったのが、魔女の3人だったと思われる。キャバレーの女らしくセクシーな衣裳に身をまとって歌い踊る以上、1920年代ベルリンのデカダンスと、ちょっと優秀なただの軍人が暴君として狂乱していく傾きを体現すべきだった。劇団四季にいた柏谷巴絵(ボーカル&ダンスキャプテンを兼ねる)やピッコロ劇団の実力派をそろえた魔女トリオだが、個々のその場での技術はそれなりに発揮されていたものの、劇の中での魔女の存在について、しっかりと観客に確認できているかとなると、かなり物足りないことだった。

 また、この劇の何をピークにするかというところで、元宝塚歌劇団のトップ娘役で歌唱力に定評のあった大鳥れいをマクベス夫人に起用した以上、マクベス夫人が手を洗う狂乱のシーンが見どころだと期待されたのだが、意外にあっさりと流れてしまったようで残念だった。

 マクベスの橘義も熱演だとは思うが、常にフル回転で緩急や押し引きが見えづらく、何を見てほしいのかわかりにくい。マクベスに妻子を殺されたマクダフの孫高宏が、自らの信条に従ったことで妻子の悲劇を導いてしまったことを悔やむ様、復讐に燃える昂ぶりが激しく、好演。ほんの一瞬の登場の保がその強烈な存在感で目を引いたのが、さすが。尼崎ロマンポルノで活躍していて、今年度からピッコロに入団したという堀江勇気が、意外に苦戦していたのも気になった。小劇場演劇的な演技と、ピッコロ的な演技とでは、かなり懸隔があるのだろうか。

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