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2015年5月 9日 (土)

山田うん Co.「七つの大罪」「春の祭典」

22日

「七つの大罪」
音楽:芳垣安洋、クルト・ワイル
原詩:ベルトルト・ブレヒト
出演:[ダンス]山田うん、川合ロン
    [音楽]芳垣安洋、高良久美子、太田惠資、助川太郎

「春の祭典」
構成・振付・出演:山田うん
音楽:イゴール・ストラヴィンスキー
出演:荒悠平、飯森沙百合、伊藤知奈美、木原浩太、小山まさし、酒井直之、城俊彦、
西山友貴、長谷川暢、広末知沙、三田瑶子、山下彩子

アイホール(伊丹市)

 「七つの大罪」は、作曲家クルト・ヴァイルと劇作家ベルトルト・ブレヒトによる1933年の「歌付きバレエ」作品で、アメリカの若い女性アナが、家を建てるためにアメリカの大都市を旅し、金持ちの男と付き合ったり水商売をしたり(それを七つの大罪とみなして、避けようとする)して、目的を達するという、アイロニカルなサクセスストーリーだといわれている。感情に流されるアナII(ダンサー)を理性的なアナI(歌手)が仕切る形で物語が設定されているそうだ。

 ここでは、身体は山田うんと川合ロンの男女デュエットで立ち上げ、音楽はマリンバを含めた打楽器/作編曲の芳垣安洋が、ピアノの高良美子、バイオリンの太田惠資、ギター助川太郎のアンサンブルでワールドミュージック的で即興性あふれる演奏で展開。音楽の振幅が大きく、非常によかった。

 シンプルな物語性を持っているわりには、山田と川合の二面性あるいは二重性が複雑で、どちらが理性的か感情的かというのも明確ではなく、一筋縄ではいかなくなっていたのが、よかったのだろう。川合は長髪でひげを伸ばしており、男性としての出で立ちなのだが、女性的な話し方をしたり、スカートをはいたりした。男女2人が演じ分けることでの二者の距離を自在に変化させていたのだろう。服を脱がしあったり、手をつないで仲良くしているかと思うと、いきなりいじめ始めたり、複数の方向で断片化されているようで、面白い。

 川合の身体は初めて観たが、倒れたり崩れたりするときの受けが柔らかく、時間の流れを変えるような魅力を持っている。歌も聞かせた。山田とのデュエットで、個々の動きも、2人の組み合わせも、バリエーションが非常に豊かで、次々に繰り出される動きの語彙の豊かさが、おそらくは大罪の7種類における2人の関係性の変化を巧みに描き分けられていたのだと思う。一つのゴールに向かって進みながら、激しい起伏や寄り道があり、しかも2人のダンサーを使うことで内面に葛藤や過剰な増長があることを予想させるのは、ある意味ではアナに対するやさしい眼ざしだと見てもよいだろう。

 「春の祭典」は、イゴール・ストラヴィンスキーによる作曲100年に当たる2013年2月に発表された作品。「生命力溢れる迫力の群舞」で話題になったという。

 たしかに、民族性や祭祀性というより、獣性を突きつけられるような野性性、エッジの鋭さよりも鉈(なた)のような鈍い圧を感じさせる重量感があり、しかも舞台と客席が近いものだから、ずしんずしんと実際以上に重低音の響きに襲われているような錯覚に陥った。動きの鮮やかさ、運動量の大きさ、重心の低さなど、膨大なエネルギーの消費に襲われてしまう。

 音楽との関係では、音楽が開いた穴から仄見える新しい世界を、身体が埋めていくようなところもあり、ストラヴィンスキーが予感する20世紀の悲しみと、及ぶべくもない人間の対応を思わせた。

 ただ、終盤で二度ほどの段階を経て弛んだように思われ、それが予定された収束でったのかもしれないが、残念。またはそれは表現としての疲労であったかもしれないが、そうであったなら、全力の疲労であるべきだった。

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