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2015年5月 9日 (土)

野田地図『エッグ』

3月26日

作・演出:野田秀樹
出演:妻夫木聡、深津絵里、仲村トオル、秋山菜津子、大倉孝二、藤井隆、
   野田秀樹、橋爪功 ほか
音楽:椎名林檎

シアターBRAVA!(大阪市中央区)

 東京オリンピックといわれて、「いつの?」と尋ねるとき、解答の可能性が3つある。1940年の幻の東京オリンピック、1964年のそれ、そして初演(2012年9月)時には決まっていなかった(2013年9月に決定)、2020年の。

 この2つあるいは3つの時代の日本あるいは東京について考えてみるだけで十分面白いのだが、そこに満州という外地を置くことによって、時間に続いて空間を複層化させるのが、さすがに鮮やかな手つきだ。エッグという奇妙でほとんどナンセンスなニュースポーツと、戦時下の外地(満州)における軍による人体実験が重ね合わせられ、野田作品らしく複数の(もう一つの)世界が潰れていくという印象の、救いのない作品。

 野田作品でもあり、再演でもあり、ぼくなどがコメントする必要もないように思えるので、短く済ませたいが、このエッグというゲームのイケてなさぶりが、この劇の速度を鈍らせ、その鈍さがこの劇の魅力になっているように思える。よくわからないというよりも、このスポーツと人体実験の何事かとのアナロジーという無理筋に、ついていくことさえ疲労してしまったが、これらのひしゃげ方そのものが、野田の現在への表現なのではないかとさえ思う。

 おそらく、ポスト1995(阪神大震災よりも地下鉄サリンにおいて)、そして加速度はポスト2011に絶望的に強まり、2012年の初演より2015年の再演に当たって、時代の歪みと絶望はひどいことになっているのだろう。みごとに劇を調和的に完結させることの無理を、このひしゃげた劇は物語っているのではないだろうか、という感懐。

 深津絵里の歌のすばらしさ、透明感には耳を疑うばかりであった。秋山奈津子のめちゃくちゃな人物造形が、この劇のありようを正確に物語っていて、すばらしい。大倉孝二の沈没感覚が、これまた劇のスムーズな進行を滞らせて、引き込ませた。

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