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2015年7月13日 (月)

黄金時代の茶道具-17世紀の唐物

4月4日

大阪市立東洋陶磁美術館(大阪市北区)

 全く詳しくない世界なのだが、茶道具を見ていると、落ち着くように思う。落ち着くというのが不正確なら、引き込まれて我を忘れそうになる。なるほど小宇宙といわれるわけだ。ブラックホールのようだ。
国宝「青磁鳳凰耳花生(銘 萬聲)」「油滴天目」といった南宋時代の名品をはじめ、様々に心引かれる茶器があり、自分の趣味嗜好を確認したり再発見したりできるし、控えめに言っても当時の美意識や価値観の変遷をたどることができる。
 そんな中で、意外に美しいと思ったのが、純金台子皆具(じゅんきんだいすかいぐ、徳川美術館蔵)だった。1639年(寛永16)、尾張徳川家2代光友の夫人千代姫の嫁入り道具で、釜は約3kg、風炉は約7kgの純金だという。今の感覚で言うと典型的な成金趣味なのだが、果たしてそうか。
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 有名な秀吉の黄金の茶室 (写真下)も、写真で展示されていたのだが、金というものについての「キンキラキン」なイメージとは違った、何か別の考えがあるように思う。まず鹿苑寺金閣を思い出すし、今は剥落しているといえ、多くの仏像はもともとは金地だったのだし、洛中洛外図屏風などの金雲はなぜ金色なのだろうか、等々。

 海外に目を転じても、宗教を問わず、聖人の光背、聖霊降臨の描写など、聖なるものの描写に金色はつきものだ。金色は光を表わすといわれるが、金が鉱物として稀少であり高価だからというだけでは説明がつきにくい、人類共通の金色信仰のようなものがあるのだろう。
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 その上でだが、今ぼくたちが金色から感じているのは、蛍光灯や白熱灯の下で煌々と輝く金色のことで、既に人口に膾炙しまくっているのではあるが今さら谷崎潤一郎にお出ましいただけば、「……大きな建物の、奥の奥の部屋へ行くと、もう全く外の光りが届かなくなった暗がりの中にある金襖や金屏風が、幾間を隔てた遠い遠い庭の明りの穂先を捉えて、ぽうっと夢のように照り返しているのを見たことはないか。その照り返しは、夕暮れの地平線のように、あたりの闇へ実に弱々しい金色の明りを投げているのであるが、私は黄金と云うものがあれほど沈痛な美しさを見せる時はないと思う。」 と、そういう「沈痛さ」を、もし室町~戦国時代の人々が金色に見出していたのなら、秀吉をはじめとして、それは実のところ相当に目の肥えた、洗練された美意識の持ち主たちだったのではないだろうか。
 さらに、そうだとした時に、唐物趣味に代表される高級志向を、珠光 に始まる侘茶という考え方が「ひえかるる」を旨として否定したのは、なぜだったのか、本当のところ何を否定しようとしたのだろうか。
 ……というようなコンテクストで豪奢な唐物や黄金の茶器・茶室を捉えなおす必要性を感じさせるような展観である。背景には狩野派や琳派の人気といった事情もあるのかもしれないが、ややもすると「わび・さび」ばかりで語られがちな日本の美意識を見直す機運が、ここからも湧き起こっているようで、興味深い。

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