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2015年7月13日 (月)

4月文楽公演

4月8日、19日

【第1部】
靱猿(うつぼざる)
吉田玉女改め 二代目吉田玉男 襲名披露 口上
一谷嫩軍記(いちのたにふたばぐんき)
熊谷桜の段/熊谷陣屋の段
卅三間堂棟由来(さんじゅうさんげんどうむなぎのゆらい)
平太郎住家より木遣り音頭の段
【第2部】
絵本太功記(えほんたいこうき)
夕顔棚の段/尼ヶ崎の段
天網島時雨炬燵(てんのあみじましぐれのこたつ)
紙屋内の段
伊達娘恋緋鹿子(だてむすめこいのひがのこ)
火の見櫓の段
国立文楽劇場(大阪市中央区)

Tamao

 少し痩せた二代目吉田玉男、一谷嫩軍記の熊谷次郎直実は確かに初代を髣髴とさせるような凛とした気迫が感じられ、気持ちのいい襲名披露だった。
 襲名というものは、優れた芸能者の芸風の継承ということだが、特にえもいわれぬオーラのようなもの(品格と呼んだほうがよいかもしれないが)を継承するという意味があるように思う。本来、オーラ、品格なるものは模倣や継承が困難なものだろうが、名を継ぐことで、それを含めた全体を受け継ごうという姿勢自体が面白い。
 玉女のままでは、この直実で見せたような、身体の重心をやや後ろ目に引いて、凛とした気合でぐっと前に押し出していく大きな距離を取れなかったのではないか。
 といっても1968年に入門したのだから、芸歴50年近い大ベテランである。入門以来の玉女の名が、初めて変わることになったわけで、その意味で大きな転機と言えるはずだ。長年弟子として初代玉男からは深い薫陶を受けてきたわけだが、その長年の蓄積がポンと形になって現れたように見えたのは、やはり襲名という儀式の力だったのだろう。
 今の人形浄瑠璃界の懸案は、住大夫と源大夫が引退して太夫の人間国宝がいなくなっていることで、やはり重みに欠けることは否めない。もちろん、その分それ以下のベテラン、中堅がひしめき合っているわけだが、実際問題として切場語りが少ないために、切場を奥と称して上演しているのは、やや物足りない思いがある。
 芸にとって名は単なる形骸でないのは、襲名披露というものが与える器量のような大きさに顕著に見られることで、それを玉男で実感した以上、多少無理でも引き上げることは、弊害よりは効果のほうが大きいように思えるので、なんとか早めに[次]を用意したほうがよいのではないだろうか。
 素人目があまり大したことをいうのは禁物だが、古典芸能は、全般に極端に高齢化しているのではないか。円熟から枯淡を貴ぶのはよいけれども、枯淡以降の枯れ切った芸をあまりにもてはやすのは、どうだろう。咲大夫、津駒大夫、三輪大夫、津國大夫といった昭和20年前後生まれ、70歳前後の太夫の一層の充実が待ち遠しい。
 さて、卅三間堂棟由来というのは、好きな演目だ。梛の木の生まれ変わりである平太郎と柳の精が人間に生まれ変わったお柳が夫婦となり、子をもうけるという設定自体、荒唐無稽だが、なぜかそこにあまり無理を感じさせない収まりのよさがある。
 木遣り音頭の段、奥を語ったのは津駒大夫、三味線は鶴澤寛治。以前から津駒大夫には惚れ惚れさせられるが、ここでもまたすばらしい色気と哀切がにじみ、非現実的な設定を飛び越えて理不尽さを一層際立たせた。お柳が簑助で平太郎が簑二郎。すっかり抑え気味の表現が板についた簑助だが、お柳を遣うには、まさにちょうどいい、相応しい境地を得ているといえるのではないか。
 他には、絵本太功記で尼ケ崎の段の鶴澤清治の三味線が、時折透き通るように無化して聴こえること、十次郎と初菊が作る三角形の造形的美しさ、十次郎と母・操の舞い語りの美しさ、光秀の大柄を示す姿の迫力、後場の千歳大夫、富助の迫力、団七の三味線の強さ。火の見櫓の段では、お七の舞はさすがの見せ場。

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