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2015年8月11日 (火)

土田ヒロミ写真展「砂を数える」

2015.5.5.

フォトギャラリーTANTO TEMPO(神戸・元町)

Tsuchida


 通りすがりにまさかこんな歴史的な作品に出会えるとは思っていなかった。1976年から1989年にわたって群衆を撮り続けた土田の代表作といっていい作品群。群衆を砂と呼びながら、それを「数える」とするところが写真家の眼ざしの微細さを感じさせる。同名の作品集の中から、特に人数の多い作品を集めた展示だったようだ。街角、プール、何かの祭典の会場などなど、多くの人が雑踏となって、群れとなって集まる場所で、広角に隅々まで焦点が合っているように撮られた写真。一人ひとりの顔がわかる。しかし、ちょっと目を離してもう一度探そうとすると少し時間がかかりそうな、それほどの大人数だ。

 一人のポートレイトではなく、群衆を写すことで個を掬おうという、逆説的な営為だと思われる。そうでありながら、砂であって、岩でも土塊でもない。個であるためには、砂粒は小さすぎるかもしれない。しかし、「一」ではある。個が不安定に揺れる大都市という空間の、祝祭的な空間や時間を正面から切り取った作品だ。

 一方で土田は1986年から毎日セルフポートレイトを写しているという。Agingの記録であると同時に、存在証明であり、輪郭を日々確認することになる。

 土田は1939年、福井県生まれ。学生時代からカメラ雑誌に入選したり個展を開いたりしていた。「砂を数える」と並行して撮っていたのが「ヒロシマ」。『原爆の子』という被曝体験を綴った作文集の筆者を被曝30年後に追った写真集だ。一人の姿と一人の作文の背後に、時間と言葉と死者が存在する。

 「砂を数える」も、群衆の中に個があり、それぞれの背後に膨大な物語があるだろうが、群衆となったここではそれらは削除されている。その削除されたものを写し取るには、どうすればいいのか。それを問い続けた作品群、写真家であるように思われた。

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