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2015年8月11日 (火)

匿名劇壇「悪い癖」

2015.5.24.

 作・演出:福谷圭祐
  出演:福谷圭祐、佐々木誠、東千紗都、松原由希子、芝原里佳、
  石畑達哉、杉原公輔、吉本藍子
アイホール(伊丹)

Tokumei


 近畿大学文芸学部舞台芸術専攻を卒業したメンバーを中心に立ち上げ、結成2年後には應典院舞台芸術祭「space×drama2013」優秀劇団に選出されるなど、関西若手劇団の注目株として話題を集めているらしい。機会がなくて、卒業公演以来福谷の作品に接していなかったし、学生時代をよく知っているメンバーが多いので、隔世の感がある。この月は、新入生歓迎公演を含め、近畿大学の学生や卒業生を見ることが多かったのだが、いずれも充実した舞台だったなぁと、感慨ひとしおである。

 とにかく、面白かった。複雑だし人間関係はうっとうしいし、舞台上に妄想という名の複数の空間や時間が混在するし、わかりにくい劇中劇で登場人物が別の人物を演じているらしいし、一筋縄ではいかない。面倒くさい。

 冒頭の柳瀬真由(松原由希子)が、ガスが止められているからカップ麺を水で食べるというシーンから、これメチャクチャあかん人が出てくる芝居なんや、と思う。ただ貧しいとかお金がないというんじゃなくて、吹っ切れてしまっているように見える人。ちょっとありえないような彼女の行為に、ドン引きしながらも、なぜか強いシンパシーを感じてしまう。それが演技であり演出なのだろう。その後の選挙の話でも、イラつくのを通り越して、あきれるが、きっとこういうのもいるのだろうと思わせられてしまっている。と言うと、鎌野啓太(福谷圭祐)に「いねぇよ!」と言われそうでもある。まずこの第一場で、二人のありえないリアリティに引き込まれ、二人が「このやろう!」とでも言うべき時に「愛してるぜ」と呟くことに呆気に取られる。

 それが次に切れ目なく、舞台のシモ手からカミ手に移ってカラオケボックスになり、すぐに柿崎優馬(杉原公輔)が台本か何かを書いている場面になり、元のアパートに戻る。アパートでの二人の会話は、なかなか切ない。

 基本的には柳瀬と鎌野のやり取りを中心にして、そこから過去やアナザーワールドや妄想に飛び移っていくのを追いかけたり取り残されたりするという経験。ぼくはまだ人物一人ひとりの顔がわかるからまだましだろうが、なかなかついていくのが難しいだろう。でも、それが不愉快ではないだろう。

 おそらく、福谷が描き、彼らが演じるしょうがなさ、脈絡のない断片性、突発的な昂揚といったありえなく見えるディテールが、実は強いリアリティを持っているのだろう。ぼくたちの日常は当然断片化しているし、心ここにあらざる時間もあるし、過去への追憶に浸っている時間もある。その統合体として「私」がある。そのこと自体は陳腐なことだが、それを的確に表現するのは難しい。なぜ福谷たちはこの劇でそれができたのだろう。

 たとえば、「人間の二重性という混乱に対する、全面的な信頼」と言ってみる。具体的には、柳瀬真由の現実世界と、別人にすり替わっている妄想の世界をパラレルに提示することで、彼女の分裂した全体性をいとおしむ。彼女のしょうがなさと同時に、妙に潔癖な倫理観(冒頭のシーンでいえば、だからといってコンビニでお湯だけもらうなんてことはできない)を提示することで、一層メチャクチャの度もいとおしさも増しつつ、しかしそれを妄想のノーマルで幸福な世界では、彼女が依井佳奈(東千紗都)という別人格になることで、いとおしさを深めないところが、心憎い。実際のところは、松原も東も非常にチャーミングな役者なので、相乗効果的に深くいとおしむのだけれど、それはまたそれで絶妙なところだ。

 ずるいとも思うのだが、謎やわかりにくさを仕込んでおくことで、観る者の心に深く長く残る作品になっている。混乱の中でも、個々の役者のキャラクターが立っているのもすばらしい。観た者の多くがtwitterなどで、「意味わからん(褒め言葉)」と呟いているのが、これもまたすばらしいと思う。頼もしい。

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