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2015年8月11日 (火)

努力クラブ「彼女じゃない人に起こしてもらう」

2015.5.7.

作・演出:合田団地
 出演:大石英史、川北唯(オセロット企画)、
 キタノ万里(dracom)、木下圭子、九鬼そねみ、佐々木峻一、
 ピンク地底人5号(ピンク地底人)、森田深志、三田村啓示(空の驛舎)、
 山本麻貴、横山清正(月面クロワッサン)
シアトリカル應典院(大阪・日本橋)

Doryoku

 一言で説明すると、「うち、死のうと思ってんねん、君も一緒に死んでくれへんかなぁ?」という女(川北)のセリフがすべて。川北となら死んでもいいかな、と思わせながら進むお芝居(笑)。

 個人的にとても思い入れの強い場所、設定だったので、あまり客観的には語れないかもしれない。場所はおそらく能登金剛のヤセの断崖とかそのあたりだろう。自殺の名所というか、松本清張『ゼロの焦点』でヒロインが身を投げて有名になったそうだ。40年ほど前にぼくの実兄がここで消息を絶った。そういうところで引き込まれてしまう。いくつかの違和感を別にして深い感銘を受けて劇場を出た。

 舞台のボリュームコントロールができていないというか、わざと乱しているのか、どうにもやりきれない統一感のなさについては、ぼくも違和感を持った。それを致命的と思う人もいるだろうが、その破調を主役コンビ以外の登場人物に片寄せした極端さを汲み取りたい。ただ、意識しておきたいのだが、主役以外の人物は、皆ふつうなのだ。なのに、不愉快だ。ふつうさが強調されて極端になっていると言えなくもないが、ふつうは強調してもふつうなので、それがタガが外れているように見えるのは、逆の側の二人が極端だからだ。
しかし、なぜ合田は、「さしたる理由もなく死のうとしている魅力的な女性の気まぐれに、男(森田)が巻き込まれていく」というメインストーリーに、駅前食堂のうるさいふつうのおばさんたちや、夕陽の美しい断崖でバカ騒ぎするふつうの青年たちを、全くフィルターをかけずに劇のバランスを乱すほどの音量で提示したのだろうか。

 当然の実感として書くのだが、死に向かおうとする二人に、死に向かっていない他人の話し声やしぐさが無神経に大きく騒々しく聞こえたり、全く耳に入らなかったりするのは、当然のことだろう。それを合田はわかっており、当たり前に描きつつ、特に説明はしなかった。だから、劇の空間としてはバランスを欠いた。主観的な音空間を再現したからではないか。

 女が死に向かうことの理由がわからないとも言われるだろう。それは、わからないだろう。わかっていれば、こんな形で死に向かったりしない。たとえば、絶景として有名な断崖からの夕陽を二人で見ているシーン。まわりにはダブルデートのカップル、うるさい男子二人連れ、悲劇の熟年男女といったふつうの人々が、どうでもいいバランスの悪いテンションで小芝居をするし、男はひたすら眠い。女は夕陽を見入って、言葉をなくし、涙を流している。あまりのアンバランスに絶句する。この対比を提示することで、コントラストとして女の何か~孤独とか絶望とか~が見えてきただろうか?

Kanojojanai

 女の死ぬ理由が最後までわからないように、孤独や絶望や、本音や本質も見えてこない。そんなもの、あるのだろうか。演劇にタラレバはないが、もし最後、夜が明けて二人がどうするかという場面まで描かなければいけなかったら、この二人は死ぬのか死なないのか。そこまで描かなかったのは、もちろん観客に委ねるという余韻やいい意味での曖昧さを残したのだろうが、結論として用意されるような現実性のなさ、希薄さが、最後に駅の周りを歩き回るあたりから立ち昇ってきて、二人の生き死になど、どうでもよくなってくる。ぼくがこの劇から受け取ったのは、そんな曖昧な結論のなさ、結論としてこの関係を定着してしまわないことを選びたい気持ちで、極端にいえば、世界に明日の朝は来ないまま、この二人は宙ぶらりんになっていてほしい、というような気持ち。この時間が、いつまでも続いて終わらなければいいという気持ち。中途半端さを抱え続けていたいなという気持ち。
これは川北への当て書きだろうと思われる。彼氏とは一緒に死んでくれなさそうだと別れ、特に好きでもないバイト先の後輩を海に誘う。わがままというか、コミュ障とかメンヘラとかいわれるんだろうなと思いつつ、病的な印象はあまりない。それは川北の独特な半透明感から来ているのではないだろうか。はまり役だった。
 (舞台写真=小嶋謙介。「スペドラ 感想ブログ」から。 )

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