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2015年8月11日 (火)

the nextage「見よ飛行機の高く飛べるを」

2015.5.30.

 作:永井愛、 演出:松本修
 出演:宮川陽香、小山彩花、
 前畠あかね、柳井果林、中嶋真由佳、駒川梓、平澤慧美、谷口レイラ、
 山下拓朗、清水風花、寺元七都子、岡崎叶大、岡田直人、中野青葉、
 中瀬良衣、生島璃空

independent theatre 1st(大阪・恵美須町)

Miyo_hikokino

 永井愛、1997年初演の名作、演出家は一流ということで、失敗が許されない公演だったと思うが、予想も期待をもはるかに上回る、すばらしい舞台だった。

 搦め手から行くと、衣裳がよかったのかもしれない(清水風花、中瀬良衣)。セーラー服のマリンブルーの襟、学年ごとに色の違うリボンがオフホワイトのワンピースに映えている。ワンピースについては、2007年シアタートラムのアントワーヌ・コーベ版にヒントを得たのかもしれない。そうしたことで、上体から下肢にかけて切れ目のない統一感があり、全身の流れるように動くラインが美しかった。清楚でありながら平凡ではなく、どこか大胆なスタイルであるように見えた。20歳前後の彼女たちの旗揚げ公演に、よく合っていたし、思い返せば、この劇に誠に相応しかったように思われる。従来の上演がほとんど袴姿であったことを思えば、ちょっとハイカラでミッションスクールっぽい雰囲気も持つこのラインは、斬新なものだったといえるだろう。

 チラシの用紙のざらついた薄さも絶妙。しっかりした手ざわりでありながら、フラジャイルな味わいが出ている。

 さて、フラジャイルfragileとは、壊れやすい、もろいという意味だそうで、「われもの注意」という意味で小荷物の段ボール箱に印刷してあったりする。ぼくは「あえか」という言葉を当てたいと思っているが、そう離れてはいないだろう。薄いガラスのコップを思ってみようか。向こうが透けて見えてそこに存在しないようだ。硬いが一瞬で粉々になる。光を反射し、自ら光っているようにも見える。叩けば楽器のようにいい音がする。涼やかだ。
 ……そんなフラジリティが、張り詰めた強さと共に、杉坂初江を演じた小山彩花に具わっていたのは、奇跡的な出会いといっても大げさではなく、内面から輝きを増す姿に、ぞくぞくするほどだった。

 たしか女学校を出ていったん小学校の教師をしていたのだったか、初江はこの女子師範学校で年齢的にも他の面でも少々浮いているようだ。新聞を読む。「青鞜」を読んでいるらしい。自然主義小説に興味があるようだ。理屈に振り回されて、他者との協調は二の次、不器用で実務は苦手。

 この劇は1911年の愛知県の女子師範学校を舞台にしている。タイトルは、前年12月、徳川好敏らが日本国内初の飛行に成功(諸説あるが)したという報を新聞で読んだ初江の、「飛行機が飛ぶ世の中になったのに、わが第二師範の生徒たちは教科書の勉強に明け暮れるばっかりですわ。飛ぶなんて、飛ぶなんてことが実現するんですもん。女子もまた飛ばなくっちゃならんのです」という発言によっている。彼女はその飛行機の姿を原動力に、生徒有志で「青鞜」の志を受ける雑誌を刊行しようと、まっすぐまっすぐ突き進む。

 そのまっすぐさが小山に現われると、かなり硬質なものになる。その硬く美しい直線性が、劇をぐいぐいと押していく。その渦に巻き込まれる多くの人たち。

 宮川陽香が演じた、開学以来と呼ばれるほどの優等生・光島延ぶはその最たるもの。宮川は、柔らかな笑顔で他者への影響力を持つタイプで、初江とは対照的な役を鮮やかに演じた。初江に引き込まれ同調する揺れ、国語教師・新庄(山下拓朗)からの告白を受け入れ初江から離れる心のプロセスが、もう少しはっきりと身体的に現われたら、さらに凄まじいものになっただろう。

Miyo01

 中島真由佳が恋に恋するノンシャランな存在である木暮婦美を演じた。錺職人で寄宿舎の賄い婦の息子である順吉(生島璃空)と、ややアクシデンタルな形ながらも関わってしまったために退学処分を受けるのだが、「はい、うっとりしておりました!」と高らかに軽やかに歌うようであったのは、その出来事の前と後との女としての存在のコントラストが、意思的な表現として滲み出ているようで、すばらしかった。頭でっかちで本の活字の中のことにしか生きていない初江に対して、ひょいと夢想と現実の垣根を飛び越えてしまった潔さが的確に現われていた。

 英語の先生、安達貞子を演じた清水風花にも感心した。落ち着いた風情でいながらも、イプセンを紹介するなど、自由な考え方を生徒たちに植え付け、新しい思想にひかれる新しい女を美しく造形した。しかし、婦美の退学に抗議して初江らがストライキを計画することになると、最初のうちは理解を示し応援するが、いよいよという時になって逆の立場に回る。その時の乱れぶりがいい。あぁ、人間はこうなるのか…というような幻滅や絶望や真実を、一手に引き受けてしまうような深みを湛えていた。

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 新庄先生の影のありそうで思い詰めたような不器用な姿も、よく造形できていたといえるだろう。延ぶへの告白の真摯な姿、それをうける延ぶの表情共に、美しいシーンをつくりえていた。

 その他、校長(中野青葉)、舎監の菅沼先生(寺元七都子)、賄い婦(中瀬)等の年配者に至るまで、空気を乱すような違和感のある役者がいなかった。皆、ここに生きていた。ここまで学生たちがその時代を、状況を、現場を生きることができたのは、演出の松本修の、何か魔法があったのだろうか。
(舞台写真は、中島真由佳のFacebookから)

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