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2015年9月10日 (木)

「TABU タブー」

2015年6月26日

 原作:フェルディナント・フォン・シーラッハ
 上演台本:木内宏昌、演出:深作健太
 出演:真田佑馬 大空祐飛 宮本裕子 佐藤誓 池下重大 大沼百合子 橋爪功

兵庫県立芸術文化センター阪急中ホール

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 弁護士でもあるドイツの小説家シーラッハの長編小説『禁忌』(2015、東京創元社)を、世界で初めて舞台化したもの。現実と、妄想あるいは芸術のリアリティを問いかける、硬質な法廷劇だった。ドラマの細部をよく考えてみるといろいろと腑に落ちないところもあるのだが、この公演が何とか成功した理由のほとんどは、橋爪功の演技のすばらしさにあった。

 1人の若い女性が誘拐監禁されたという通報がある。写真家のゼバスティアン(真田)が容疑者となる。捜査官の脅迫的な尋問によっていったん自白してしまうが、元恋人のソフィア(大空)は彼の無実を信じ、敏腕弁護士のビーグラー(橋爪)に弁護を依頼する。
ゼバスティアンは、写真家で、文字と色彩をシンクロする特殊な能力を持っているということだが、その能力については、ごく単純な形でしか明示されない。写真家としては、扱う対象が非常に猟奇的であることが示され、それなら監禁や殺人もするだろうなという先入観を持たせるようなところはある。

 前半の、自白の有効性についての応酬が法廷劇としてはピークと言えるかもしれない。捜査官の尋問の違法性の判断によって、自白の有効性が左右される。被害者が特定も発見もされていないという異様な状況で、どんな手段を使ってでも自白させ、被害者の所在を明らかにしたいと焦る捜査官の意見にも理があるように思う。この捜査官が、もっと好感が持てるような存在に造形されていたら、この劇の複雑さは前半からもっと増しただろう。

 大きな問題は、被害者は誰かということなのだが、これがなかなかわからない。当初予想された義妹は存命していることがわかったし、そのことが紹介される過程で、義妹とゼバスティアンの、芸術を介した複雑な関係が明らかにされる。ソフィアもかつて、そのような関係で、彼の芸術上のパートナーだったことがわかり、義妹、ソフィア、ゼバスティアンの三角関係が示されるのだが、これはもっとキリキリしたものであってもよかった。

 結局、この監禁や殺人という一連の「事件」は、ゼバスティアンの作品の中のことだったことが明らかになる。この過程も、法廷でその映像が上映されるというだけのことで、あっけない。芸術の作品の中での犯罪は犯罪か、というのはまともな形で問いになるのだろうか。芸術行為としての殺人は犯罪かと問われるならまだしも。

 原作自体にも詰めが甘い部分があるように思え、演出にももっと演劇的な彫り込みの深さがほしかったと思えたのだが、橋爪の演技の迫真性だけは、実に凄まじかった。法廷で交わされる専門用語の多い長台詞を、高いテンションで押しまくる姿は、ビーグラーという人物がまさにそこにいるというリアリティがあった。

 元宝塚歌劇の男役トップスターの大空は、ほぼクールな演技に徹した。ジャニーズJr.の真田は、まず問題のない演技だったことで大いに評価されていい。クールだったりヒステリックだったり、ファナティックだったりといった様々なシーンを的確に演じ分けていた。

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