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2015年9月10日 (木)

入澤あづさ展「URUSHI Exhibition」 岩田萌個展「strata」

2015年6月7日

SUNABA GALLERY(大阪・日本橋)

Irisawa1
 入澤の作品(写真上)は、乾漆(かんしつ。麻布を漆で張り合わせた造形)とオウムガイを継いだもので、継いであることは認識できるのだが、継ぎ目の存在をほとんど感じられない滑らかな曲面が、実に美しい。ここまで滑らかだと、艶かしいという言葉が出てくる。先日、お能についての講演の中で「冷艶」(れいえん)という言葉を耳にしたが、まさにそのような状態。辞書では「冷ややかな美しさ」などというが、この美しさにはなまめかしさが宿っている。そこには湿度と温度がある。つまりそれは一つの矛盾体だ。身体に近い。
 貝も、布も、生命だったものだ。それに永遠の命を吹き込むことができるのか、美は(芸術と言ってもいいが)何ものかを永遠のものにすることができるのか……とは、また陳腐な問いだが、それでもそれを突きつけられるような美しさだ。
 「太古からほとんど姿を変えておらず、"生きた化石"と呼ばれることのあるオウムガイを遥かな時の流れの象徴として作品に取り入れたいと」思ったのが、京都市立芸術大学大学院の修了制作のときだったという。オウムガイを螺鈿の素材として使うのではなく、「"形体にともなった加飾とはどのようなものか"ということを考えていたのですが、作品を制作する中でオウムガイの特徴である真珠層や隔室の螺旋構造は、漆の装飾としてそのまま取り入れられるのではないかと考え」た上で、漆芸でありながら(というのも妙か)、漆とオウムガイが等価に内外に光を放っている。内側で何度も行きつ戻りつし、弾みでやっと外に出て来たような、熟した光のように思える。そういう、時間を抱えた美しさであるように思える。
(引用: 「アート情報総合サイト京都で遊ぼう京都の若手アーティスト特集KYOTO NEW WAVE」から。http://www. kyotodeasobo.com/art/newwave/2013/10/azusa-irizawa.html)

Iwata1
 岩田萌は、映像インスタレーション(写真上)。strataは、地層や層という語の複数形だという。
 入澤の展示が1階、きしむ木の階段を昇った2階は岩田の作品。床もぎしぎしときしむこのスペースに、何だかとてもよく合っているように思われる。時計、鍵盤、ダイヤル、ねじといった規則的に動く少しノスタルジックなものを提示し、いつしか観る者をその規則性の中に巻き込み、それがずれていく崩落感覚のようなものを共に体験させてしまう。そういう魅力がある。結果的に、その仕掛けや仕組みがわかってからも、長い間この部屋にいたいと思わせられる。なんともいえない心地よさを味わうからだ。
 映像は確かに時間芸術であるが、ここでは時間が物語や筋を完結するものではない。空間作品として成立するための瞬間性のようなもの、正確に言えば、長い瞬間を持っている作品だったようだ。その意味で、これは古めかしく見えて、かなり新しい作品たちだったといえるだろう。 

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