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2016年3月19日 (土)

高松次郎 制作の軌跡

2015年7月3日
国立国際美術館

 戦後前衛美術の重要な一角を占める高松次郎(1936- 1998)の回顧展。影、遠近法といった代表的な作品や、晩年の大きなドローイングまで、幅広い展示だった。
Takamatsu
個人的には、詩人の谷川雁さん(1923-95)が宮沢賢治の童話作品を媒介に児童教育に専心した時期に、高松が美術を担当した絵本、その原画が展示されていて、懐しく感じられた。「現代詩手帖」の編集部にいた1983年ごろだったと思うが、何度か谷川雁さんにお目にかかった。「『瞬間の王』は死んだ」として詩作を断ち、評論集『原点が存在する』『工作者宣言』で新左翼の理論的支柱のひとりとなったこと…までは知っていたが、その後の活動を追っていなかったので、始めたばかりの「十代の会」や「ものがたり文化の会」について熱く語る目の前の谷川さんを、少し訝しく思っていた。でも今なら、社会変革を志した人が子供の教育に情熱を注ぐことを、当然のように理解できる。宮沢賢治の物語に、全くの抽象である現代美術作品をぶつけ、それを子供に提供すること。それに谷川さんは未来を賭けたのだと思う。そこで谷川さんが宮沢賢治の童話の本の美術家として白羽の矢を立てたのが、当時40代後半の高松次郎であり、他にも菅木志雄、金昌烈、李禹煥らとの協働があったわけだ。
1970年代後半からドローイングに転じた高松についても、おそらく当時は、コンセプチュアルやハプニング等の前衛、実験からの退行、回帰と否定的に評価されていたことだろう。しかしおそらく、少なくともこの当時のドローイングに関しては、何かしらの計算式に基づいたコンセプトが明確にあったのではないだろうか。正弦曲線や何かの波形の組み合わせが、思わぬ生命体のようなものを生み出してしまうことの驚きから、さらに最晩年の明らかな抽象的な生命体を描くことへ回転して行ったのではないだろうか。
国際美術館では、地下のチケット売り場のすぐ右に、チラシにも使われている「影」(1977)の大きな作品があり、遡ればこれはこの美術館が千里の万博公園にあったころから、館の目玉作品のような存在だった。影を描いた作品がシンボル的存在だということは、どういう意味があったのだろう。

 まず、視覚の惑乱ということはある。キャンバスには影が「映っている」のではなく「描かれている」のだが、映っているようにしか見えない。影があるので、多くの人はキョロキョロと作品の逆の側を見渡して、実体を探す。何もそれらしいものはないし、ここが美術館であることを思い出すと、キャンバスに近づき、それが写真等ではなく、アクリル絵具による作品であることがわかる。描画の技術にも感嘆することになる……この作品群との最初の出会いは、こんなプロセスだろう。ぼくが初めて千里の国際美術館でこれを見たときも、そんなことだったと思う。
 西洋の絵画が陰影表現に意を凝らしてきたのに対し、中国や日本の絵画は、伝統的に影を描かない。確かに、若冲にも応挙にも、影はない。二元論的な宗教観の問題もあるだろうが、約めていえば、固有色の認識=視覚の絶対性→視点の可動性の問題ではないかと思っている。墨色(あるいは紫色も混じっているのかもしれない)のグラデーションだけで何ものかを描くというと、まるで水墨画のようだが、それが影の表れで実体を描くのとは真逆のアプローチだ。実体のない影だけを描くということについて、時間的に影だけが残されて実体は失われてしまっているのか、そうだとしたら、そこに横たわる時間の隔たりは、一体どのような現象なのか。描かれたもののみを残存させることによってシニフェイエとシニフィアンを引き剥がすことが可能になっているのだろうか。影しか描かないと選び取ることによって、見る者が、その向こう側やこちら側に、様々な思考をめぐらせることができる。
 この展覧会でもう一つ大きな衝撃を受けたのが、冒頭の、つまり初期作品の「点」シリーズだ(左写真「点No. 20」、1961-62)。点というものが面積を持たないものであることを承知の上で、点状の物質を電子顕微鏡で観察し、それを再現する過程であるように思える。様々に色や大きさを変えながらも、執拗に「点」を描いていくという作業。点を細い紐か糸のようなものがクシャッと丸められたものとして認識するということから、次にはその紐に着目し、連作「紐」シリーズが生まれる。
 点は部分を持たず、線は幅を持たない長さであるという定義は、画家にとってはどのような感覚で受け止めるべきものなのだろう。ある種の無力感…描画という行為が、何ものも蓄積しないような感覚にとらわれるのだろうか。あるいは解放感か。点や線は、位置や長さの情報でしかない。すると何となくだが、面を思う時に、影という存在様態が、まことに相応しいもののように思える。そう考えると、点、線、そして影という初期の高松の流れが、一気に見えてくるように思うのだ。
【参考】http://www.art-annual.jp/news-exhibition/news/47484/
 

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