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2017年4月 4日 (火)

「なぜ狂い、いかに狂うか~「狂」の舞台表現」(2012年6月の講義録)

2012年6月11日に神戸女学院大学「アート・パフォーマンス」でお話しした内容です。
これも担当教員は小林昌廣先生でした。小林先生の前でお能の話をするのは、汗顔ものでした。

芸術、特に現代の舞台芸術にかかわっています。具体的にはコンテンポラリーダンス、直訳すれば現代のダンスを中心としたダンスの評論、公演の制作を中心に、現代演劇を見たり、たまに画廊や美術館に行ったりもします。
 いつごろからでしょうか、確か何らかの形での小林先生のナビゲーションもあって、古典といわれる舞台芸術にも強く惹かれるようになりました。
 今日お話ししながら一緒に考えて行きたいのは、最終的には感動というものがどこからやってくるかということです。現代のダンスや演劇から深い感動や鋭い衝撃を受けていたぼくは、古典といわれるものからは、それほど生々しい、現在のぼく自身に肉薄するような感動は受けないと思っていたのですが、実はそうではなかった。
 人形浄瑠璃、歌舞伎、お能、いずれも何百年も前のものなんでしょうが、少し解説を加えてもらったり、こちらが勉強したりすることで、驚くほどの生々しい感情のあらわれを感じ取ることができました。
 その中でも、お能にぼくは強く惹かれます。よくあるスタイルを紹介しますと、主人公、シテと言いますが、作品を通じて同一人物ではあるのですが、それが前半と後半で豹変、変化(へんげ、といいます)する。前シテ、後(のち)シテといいますが、前半は普通の村人とかであって、ワキ、脇役の、だいたいが旅の僧とかがその土地にまつわる歌枕などの話しをし、興に乗ってくると、シテが実は自分こそがその○○なのだ…と告げて引っ込みます。たいていは、この世に深い怨みを残して死に、いまだに成仏しきれていない、たましいです。
 そして後半、そのたましいが覆いを取り去られたかのように、生前の姿を取り戻したというよりは死後、いまだ彷徨っているたましいとしてあらわれる。
怨みや悲しみのせいで、言ってみれば、狂ってしまうわけです。狂うほどの強い感情のたわみ、ゆがみのようなものを、お能という、一見というか先入観としては静かな舞台芸術が、どのようにあらわす、現前化するのかというのが、お能を見るひとつの喜びです。
 今日紹介する道成寺というお能では、プリントを見てもらうとわかるように、前半は若く美しい女性です、白拍子というのは、巫女舞などを舞う男装の芸能者です。異性装をすることで、神の憑依がたやすくなると信じられてもいたようです。余談ですが、これは、舞踏、暗黒舞踏といわれる現代のダンスでも同様のことが行われているといっていいでしょう。
後半では鬼のような顔に変化します。鬼の面は一般的に般若ですが、ここではそれをさらに通り越し、また蛇であるということから、真蛇という面が使われています。屈折した怨みを持った女性の、怨みの対象は直接的にはこの道成寺の鐘ということになっています。
 まずは、ダイジェスト版で見どころを観てもらいましょう。特に、3分前後からの小鼓と激しい気合だけで、シテが足先だけを動かす乱拍子、そのあとの激しい急の舞、そして鐘の中に入る場面、おそらくお能のイメージを覆すような激しさ、速いテンポに驚かれると思います。鐘に入る瞬間に、鐘を持っている鐘後見という後ろで綱を持っているひとが、身を投げ出すようにするしぐさなども見どころです。そして鐘から出てくる姿に注目してください。
 <般若>とはもちろん能の鬼女で、それは中世の鬼のなかでももっとも鬼らしい鬼である。なぜなら、三従の美徳に生きるはずの中世の女が、鬼となるということのなかに、もっとも弱く、もっとも複雑に屈折せざるを得なかった時代の心や、苦悶の表情をよみとることができるからである。<般若>の面は、そうした鬱屈した内面が破滅にむかう相を形象化して、決定的な成功をおさめたものといえる。…世阿弥は<鬼の能>にふれて、「形は鬼なれども、心は人なるがゆへ(ママ)に」という一風を想定している。…中世の鬼女がきわめて独自であるのは、たとえば能の詞章が、鬼とならざるを得なかった女の内面に綿々としてかかわり、あるいは鬼となってからさえ、その渋滞しやまぬ情念のゆくえを問い続けていることである。(馬場あき子『鬼の研究』1971、ちくま文庫1988)
Oumionna2
Shinja
■道成寺
喜多流 シテ(白拍子、蛇体):塩津哲生(しおつ・あきお)、 ワキ(道成寺住職):宝生欣哉、笛:松田弘之、小鼓:成田達志、大鼓:白坂保行、太鼓:観世元伯、鐘後見:友枝昭世 2000年8月、身曾岐神社能楽殿 八ヶ岳薪能十周年記念公演
<あらすじ> ここは紀伊国、道成寺。長らく退転していた鐘が再興され、今日はその供養の日である。その晴れやかな日に道成寺の住侶は、どういうわけか、鐘の供養の場へは決して女人を入れてはならぬ、という旨を能力に触れさせる。
 一方、紀伊国の傍らに住むという白拍子が、鐘の供養のあることを知って急ぎ道成寺に向かう。まだ日も暮れぬうちに到着するが、やはり参拝を拒まれる。供養に舞を舞って見せるから、鐘を拝ませてほしいと頼む女に、能力(のうりき。寺で力仕事などをする下級の僧、寺男)も、白拍子の舞を見たさにか、美しいその姿に魔がさしたのか、女人禁制のはずの境内へ、彼女が入ることを許してしまう。烏帽子を付け舞の仕度をした白拍子が供養の場に入ってくる。女はしばし立ち止まり、鐘を見つめる……。
 入相の鐘が鳴る--。つい今し方まで明るかった境内に夕闇が訪れ、徐々にまわりの風景を漆黒に同化させてゆく。ほの白く煙ったように浮かび上がる桜、桜、桜。その中をただひとり舞う女--妖しくも美しい光景。
 音もなく散りゆく桜。女は人々が眠っているのを見定めると、恨みの言葉を残し、あっという間に鐘を引き担いでその中に消えた。
 突如、全山に響きわたる轟音。慌てふためいた能力たちが鐘楼あたりを見にくると、なんと吊ったばかりの鐘が落ちている。しかも鐘は熱く煮えたぎっていて触れることさえできない。これは尋常なことではない。彼らは、さんざんもめた挙句、このことを住侶(その寺に住む僧侶)に報告する。
 僧たちを連れて鐘楼に赴いた住侶は、そこで、この道成寺の鐘にまつわる恐ろしい因縁を語って聞かせる。--昔、紀伊国にまなごの荘司という者がいた。彼は幼い娘に度々土産などを持ってくる熊野参詣の山伏のことを、あれこそおまえの未来の夫などと戯れを言っていた。父親の言葉を一途に信じて成長した娘は、ある夜、山伏に言い寄る。山伏は仰天して夜中にこっそり荘司の家を抜け出して道成寺に逃げ込み、鐘を下ろして貰い、その中に隠れた。女は悲しみと怒りのあまりになりふり構わず追いかけた。そして、折から増水した日高川を遂に一念の毒蛇になって泳ぎわたり、とうとう山伏の隠れた鐘を見つけ、蛇身で巻いて鐘もろとも焼き溶かしてしまった。--
 住侶が僧たちとともに護摩を焚いて祈ると、大音響とともに鐘が上がり、中から恐ろしい形相の蛇体が現われる。激しい闘いの末、蛇体は遂に祈り伏せられ、日高川の深淵に飛び入り沈んでいったのだった。(終曲)--そして、またいつの日にか繰り返される因縁。女は果てしなく続く情念の闇を永遠に彷徨う。--(1993年、大槻能楽堂改築10周年記念「道成寺フェスティバル」プログラムから)
 さて、解説にありましたように、乱拍子、急の舞、そして鐘入り、さらに鐘を上げるともうそこには蛇しかいないわけです。ここでぼくが面白いと思ったのは、当たり前のことではありますが、蛇になってしまわないことには、僧侶たちは何もできないわけです。女が狂うように舞っている最中、僧侶たちは何をしていたのか。白拍子の舞に酔いしれ、いつしか居眠りをしていたということになっています。そこへ突然鐘が落ち、何事だ、雷か、などと大騒ぎするのは滑稽で、劇の緊張をいったん弛緩させるわけですね。
つまり、激しい舞いという形で、振幅が最も大きいのは、蛇になってからではなく、人間の女である間です。前シテが、こんなに激しく舞うというのは、どういうことかな、と思うのです。
 おそらく、この道成寺というお能が面白いのは、主人公である白拍子という美女が、現在進行形で狂乱していくからなのでしょう。この白拍子は、いったいいつ蛇になったのか。もちろん、鐘の中でなのですが、鐘が落ちた後、舞台の上で展開しているのは、昔の出来事として語られている、鐘にまつわる因縁話です。この話しですが、女が蛇になって鐘と山伏を焼き溶かした、というところだけ取り出すと、恐ろしい女という話しですが、父親の戯言を本気にして自分の花婿だと定めてしまった少女の、実らぬ恋の悲しいお話です。普通の娘さんを、蛇にしてしまったのは、直接的には山伏に邪険に振られた悲しみ、そしておそらくはその時に大人の男たちが寄ってたかってぐるになって、女から山伏を隠そうとした、そのことで受けた恥辱への怒りです。
 このような悲しみと怒りは、馬場あき子が指摘しているような、三従の美徳~嫁ぐ前には父兄に従い,嫁いでは夫に従い,夫が死して後は子に従うこと~にじっと耐えている女を、男たちが戯れ半分で翻弄した末に、爆発してしまったものでしょう。しかも、蛇という生き物は、セクシャルな象徴である一方、手も足も持っていない不具者のような存在でもあります。すでに蛇には、たとえ毒蛇であろうがなかろうが、僧侶たちの調伏、数珠を使った法力によって、柱に巻きつくぐらいのことしかできなくなっています。柱巻きと呼ばれる名場面です。鬼になってしまってはいるが、悲しみは抱えたまま、というのが、世阿弥の言う「形は鬼なれども、心は人」という状態であると思えます。
 次に見てもらうのは、バレエの「ジゼル」を、思い切って現代的に解釈しなおした、マッツ・エックというひとが振付・構成したものです。プリントにあらすじを載せましたが、アルブレヒトという白い服を着た青年に裏切られたジゼルは、マッツ・エックの解釈では死なず、狂ってしまうのです。アルブレヒトと婚約者のバティルドが抱き合っているのを見つめるジゼル=アナ・ラグーナの目は、完全に常軌を逸した人の目ですし、それ以後のジゼルの動きは激しさとともにバランスを崩していることが表現されています。ここれもアルブレヒトという貴族のお坊ちゃまの悪ふざけが、素朴な村娘を破滅に追いやるという構図は、実は道成寺とあまり変わりません。舞踊作品としては、ジゼルの狂気を他のアンサンブルも含めた群舞の激しさで表現したりという違いはありますが、だまされた女性がさらにひどい目にあうところも似通っています。ただ、ch24あたりで精神病院に入ったジゼルがヒラリオンと再会することによって、つかの間の救済を意識させるようなところはありますが、最終的になぜヒラリオンが死んでしまい、アルブレヒトが救われるのか、よくわからないドラマではあります。
 今日は、第一幕の最後のジゼルが狂ってしまうところと、第二幕で精神病院に入ったジゼルがヒラリオンと再会するところだけを見てもらい、現代のバレエの狂気の表現を見てください。
マッツ・エック版ジゼル
クルベリ・バレエ団、振付:マッツ・エック、音楽:アドルフ・アダン、初演1982年、収録1987年 ジゼル(村娘):アナ・ラグナ、アルブレヒト(村人ロイス実はシレジア公爵):リュク・ブーイ、ヒラリオン(ジゼルに恋している青年):イヴァン・オーズリー、バティルド(アルブレヒトの婚約者):ヴァネッサ・マキントッシュ
Ana
 ここで、シェイクスピアのハムレットや、森鷗外の舞姫にも触れたいところですが、今日はちょっと余裕がありません。ハムレットのオフィーリア、舞姫のエリス、ともに実に哀れな女性です。ぜひ原作を読んでみてください。舞姫は、インターネットの青空文庫でも全文読めます。ぜひ原文の味わいを含めて、読んでいただきたい。本当に狂っているのは誰だろう、と思わせられると思います。また余談ですが、この二つの作品は、宝塚歌劇でも舞台化されました。特に舞姫は素晴らしく、エリスを演じた野々すみ花の、まさに鬼気迫る演技は特筆物でした。
 道成寺、ジゼル、そしてハムレットも舞姫も、男のせいで無垢な女性が狂って、死んでしまうというものでした。次に見てもらうものは、チェーホフの三人姉妹をパパ・タラフマラという演劇ともダンスともつかないカンパニーが、非常にセクシュアルで大笑いしている騒がしい作品に翻案しているものです。あらすじで、この淡々とした戯曲の、どこに狂気に通じるようなところがあるのか、思いつくところにアンダーラインを引いて見ましたが、正直言ってよくわかりません。ただ、この演出の小池という人が、三人姉妹の中に見て取った狂おしさのようなものを、極端に大きなものにした作品だといえるでしょう。ヒステリックでエキセントリックな表現は、今日は初めてみることになると思うので、そういう表現の質にも注目してみてください。
そして最後に見てもらうのは、BATIK『ペンダントイヴ』というコンテンポラリーダンスの作品です。おのずからなる狂気とでもいいましょうか、誰に狂わされたのでもない、内発的な狂気ではないかと思います。そう考えたときに、いくつかの疑問が出てきます。一つは、これを狂的に見ているのは誰かという問題、そしてこれを狂気だと見ているのは誰か/なぜかという問題、そしてメタな設問になりますが、この狂気をさせているのは誰か/なぜかという問題。
Dance Company BATIK『ペンダントイヴ』
原っぱに集う、色とりどりの衣裳をまとった少女たち。泣き、叫び、笑い、暴れるカラダが呼び起こす遠い記憶、渦巻く感情。キラキラとした無垢な情熱とその先に待つ闇、恐怖、そして背徳感……そのすべてを受けとめて、疲れ果て倒れるまで踊る。痛みや苦しみの先に生まれる、いとおしさを信じて--。(映画公開時のチラシから) 
Batik
構成・演出・振付:黒田育世、出演:BATIK、音楽:松本じろ、収録:2007年3月・世田谷パブリックシアター
BATIK:黒田育世振付による作品創造を中心とし、2002年4月設立。あえてバレエのテクニックを基礎にもったカンパニーとして、コンテンポラリーダンスの表現の中で「踊ること」にこだわった活動をしていきたい。http://batik.jp/
 ドキュメンタリーの中で一人のダンサーが「リハーサルを何回かやっているうちにだんだん見えてきて、初めて通したときに、感情が入りすぎたのか走りすぎたのかわからないんですけど、頭の中がぐるぐる~ってなって、大泣きしてしまったんですよ。これは何なんだろう、って思って。」言っていたが、ここで見られるのは生々しく赤裸々な命そのもののようなもので、もしそれが狂っているように見えたとすれば、狂っていない状態とは、実は何かに抑圧され規制されているのではないかなどと思ってしまうのです。おそらくは、近代以後の芸術が求めてきたのは、そういう生々しさ、本質、といったものであるわけでしょうが、このように見てきますと、実は古典芸能の中にも、ある種の仕掛けによって非現実の振りをしながら、実はそういう赤裸々さ、生々しさを描いていたものがあったということに気づき、改めてすさまじいなと思うのです。

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